──「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展の会場は、各展示室が趣向を凝らしたテーマによって構成されていますが、清川さんがもっとも印象的だったのはどちらの展示室でしたか?
会場全体が巨大なインスタレーションのようでしたよね。ディオールの様々な顔を表現していました。単にファッションを見せる展覧会ではなく、デザイナーや社会情勢が変わっても、ブランドとして継続してきたDNAを感じさせてくれました。
なかでもクチュールのためのモックアップが並ぶ「ディオールのアトリエ」の部屋がとても印象的でした。ディオールらしい「かたち」が、装飾をされるわけでもなくシンプルに並んでいるのですが、それゆえにシルエットだけで物語が伝わってきます。過去と未来をつなぐ、今回のキーになりそうな部屋だと思いましたね。かたちだけでディオールだとわかる、そこにグッとくるところがありました。
私自身もファッションの学校で学んだのでわかるのですが、やはり形に本質が宿るんですよね。会場内には華やかで心ときめく部屋がたくさんありましたが、形だけで物語を伝え、そこにディオールの本質を感じられる。ここに展覧会でもっとも伝えたいことがあると感じられました。
──女性の美しさを引き出し、幸せにする、というディオールが本質的に目指しているところがよく表現されていました。そこが、ディオールが人々を惹きつける源泉なんでしょうね。
本質的に夢を与えてくれますよね。例えば、第二次世界大戦後すぐの1940年代に発表した「ニュールック」も、そこには「女性はもっと楽しんでいい」というメッセージが込められていたと思います。女性を美しさに添わせてくれるかたちだったのだと思います。ディオールは、女性が本来もっている美しさに寄り添ってくれるブランドではないでしょうか。
イヴ・サン=ローラン、ジョン・ガリアーノ、ラフ・シモンズ、そしてマリア・グラツィア・キウリと名だたるデザイナーがクリエイティブ ディレクターを務めてきましたが、クリスチャン・ディオールの精神はずっと変わらず受け継がれているのだとおもいます。
戦争の記憶がまだ新しかった、みんながこれからどうやって生きていくべきなのかを模索する時代に、夢を与えてくれたんでしょうね。後継のデザイナーたちがひとつのメッセージとしてそれを受け取ることができる、あのかたちをつくったのはすごいですし、母性のようなものを感じます。
──展示されているドレスはほとんどがウィメンズですが、男性は本展をどのように見るのでしょうね。
ファッションが面白いと思うのは、現代において理想的な人間の像を、彫刻をつくるように表現しているところですよね。だから、会場に並ぶピースからは、その時代に美しいとされた女性像が見えてくる。それだけで、歴史のおもしろさが散りばめられた、彫刻を見るような魅力的な展覧会ですよね。男女問わず楽しめる展覧会だと思います。
──会場ではドレスとともに、写真家の高木由利子さんが撮り下ろした作品も展示されています。清川さんは自身の制作においても写真というメディアを積極的に使用されていますが、このドレスと写真のコラボレーションをどのように見ましたか?
高木さんは存在感や空気を写し撮る人ですよね。見えないものを撮る作家だと思っていますし、目に見えない本質を見せる、という本展示の目指しているところにぴったりでした。人間が死んでも、アーカイヴとして残っていて死なない、存在や空気を残すという行為に共感できました。
時代の空気を写真で伝えるのは難しいことですが、それができているのが素晴らしかったです。ディオールの持つ物語が強いので、残像になっても伝わるということも、作品に影響しているのではないでしょうか。
──アーティストとして、展覧会を通してアートとファッションに共通する意識を感じられたのでしょうか。
アーティストには時代や社会を鏡のように映し出すという役割がありますが、ファッションも同じですよね。人間と衣服の関わりから、すべて見えてくる気がします。
また、後世に価値を残すことを考えて活動する点もアートと共通しています。残るものをつくろうという意識は、時代をより良いかたちでアップデートすることにつながっていくと思います。
本展は展示方法にもその思想が垣間見られましたね。ドレスは展示ケースに入れた瞬間に美術品となって、手の届かない存在になってしまうけど、ケースの外で対話できるように展示されています。人がまとっていた時代の空気まで感じられると思いました。
──本展から受け取った、ご自身の創作におけるアイデアの源泉になるようなメッセージはありますか?
近年は伝統をどのようにして若い世代に伝えられるのか、ということを考えて制作活動をしています。例えば、詩人の最果タヒさんと行ったプロジェクト「千年後の百⼈⼀⾸」は、多くの人にとって自分とはかけ離れた存在になっている古典を、時代に沿ったかたちでアップデートしようとしたものです。次は、能に焦点を当てたプロジェクトを考案中です。
いかに伝統をアートを通じて後世に伝えていくのか、物語そのもので人の心に訴えられれるのか、というのが自分にとって大きなテーマになっています。新型コロナウイルスのパンデミックのさなか、自分の内側に向かってそれを考えてきましたが、これからはそれを開放していくことになるはずです。
今回の展覧会で、このようなこれまで私の考えてきたことと重なるメッセージを見出だせたときは嬉しかったです。過去と現在を経て未来をみることが、自分の物語とつながって共感しましたし、だからディオールが好きなのだと思うことができました。
──技術革新が進み、AIをはじめ人間が担ってきた役割を機械が代替する時代が近づいているような気がします。しかし、会場に並んだディオールのオートクチュールを見ていると、手仕事との深いつながりも感じました。ご自身も手でものを生み出すアーティストとして、これからの時代にどのような作品を残していきたいですか。
私にとって刺繍という手仕事はすごく身近な存在でした。これまで糸や布をメインピースとして作品を制作してきたのもそのためです。刺繍は手元で小さな世界をつくる行為だと思われがちですが、本当はその小さな枠のなかで完結するのではなく、もっと大きな世界を演出するように行うものです。そこには壮大なストーリーがありますし、必然的にアイデンティティが込められている。同様のものをディオールのオートクチュールからは感じました。
やはり、アイデンティティを表現するうえでは、手仕事から離れられないのではないでしょうか。刺繍でも、機械刺繍では表現できない領域があります。ただ、手仕事を大切にするというのは、バーチャル空間においても同じことだし、AIとの向き合い方も同様だと思います。アイデンティティという生きている人の歴史があれば、どんなツールを使ってもおもしろさが出てくるし、個性が出てくるはずです。私も最新の技術をうまく使いながら、共生していくことになると思います。
──本展は高校生以下が無料ということもあり、たくさんの若い人が会場に足を運んでいるようです。最後に、若い世代に本展からどのようなメッセージを受け取ってほしいのか、清川さんの思いを聞かせていただければと思います。
アイデンティティを言葉もなくシンプルに伝えられるのがファッションですよね。でも、それは単純に装飾することではなくて、芯として持っている本質を強く打ち出してくれるということだと思います。展覧会を見に来る若い人たちには、アイテムへの憧れだけではなく、こうしたファッションが似合う芯を持ちたいと思ってもらえたらいいのではないでしょうか。手に届くかどうかではなく、その精神を知ることが大切だと思います。
例えば、会場に展示されたドレスの色ひとつをとってみても、ディオールの赤がほかのブランドの赤と比べてどのように違うのか、ということを考えることができますし、私はディオールの赤は女性を美しく見せる赤だと感じました。この赤が似合う女性になれたらいい、と思うだけで得るものが多いはずです。こうしたたくさんの学びが、本展には詰まっているので、ぜひ自分の感性ですくい取ってみてもらえればと思います。