SERIES / 根実花書簡 - 2018.12.1

NEMIKA「根実花書簡」連載3:
歌人・穂村弘 × 写真家・川島小鳥

ファッションブランド「NEMIKA」による連載「根実花書簡」。現代を代表する歌⼈であり、ユーモア溢れるエッセイも⼈気の穂村弘が、気鋭の写真家たちの作品に、ことばを添える。連載第3回は、アート、音楽、ファッションなど様々な分野で活躍し、被写体の輝く一瞬をとらえる写真が人気の写真家・川島小鳥が登場。NEMIKAの象徴であるバラなどをモチーフに撮影した新作を発表する。

穂村弘=文 川島小鳥=写真 佐久間祥朗=モデル

© Kotori Kawashima

© Kotori Kawashima

前髪の話
穂村弘

 高校生の時、洋服や鞄に付いているブランドのマークやロゴやタグなどを、片っ端から取ってしまおうとしたことがある。そういうものが付いてるのは恰好悪い、と信じていたのである。今考えると、それは自分の考えではなかった気がする。友達の話だったか雑誌のコラムだったか、とにかく外部からの情報を真に受けたのだ。

  でも、簡単には取れないものもあった。ベルトのバックルに描かれたロゴには、消しゴムをかけてみた。ごしごしごしごしごしごしごしごし、消しゴムが半分になってもまだ消えない。目に汗が入って顔が歪む。どうしよう、諦めようか、いや、もう遅い。うっすらと残っているロゴはさらに恰好悪い。

 そんな時、「何やってるの?」と母親に訊かれると、めちゃくちゃ不機嫌になった。うるっせーなー、なんでもねーよ。いいから入ってくんなよ。丸一日を費やしてなんとか目的を達した後は虚脱状態で、ぼーっとなった。

 だが、すべては無意味だった。私の服や鞄やベルトにマークやロゴがあるかどうかなんて、誰も気にも留めない。学校に行けば、相変わらず地味な存在でしかなかった。駄目だ、と私は絶望した。何かが根本的に違うのだ。バスケ部のトースケなら、どんな服を着てどんな鞄を持っていても恰好いい。いつだったか、校則を破った罰として彼が丸刈りにされた時でさえ、「マルガリータ」というあだ名がついて大人気だった。恰好いい奴は何をしても恰好いい。人気者は何をしても人気者。一方、私は何をしても私。

 私の友だちも皆、似たような地味タイプだった。そんな一人であるむっちょんが或る日、こんなことを云い出した。

 「俺さあ、前髪切ろうか、どうしようか、迷ってるんだよ」

 「へえ、そうなんだ。切れば」

 むっちょんの前髪はべたっとおでこに張り付いていて、見るからにうっとうしかった。

 「でもよー。ほら、女子はさ、男子の風に靡く髪が好きっていうじゃん」

 「・・・・・・」

 「だから、迷うんだよ」

 はあ? と思った。どこから聞いてきたんだよ、その話。仮にそれが本当だとしても、その「風に靡く髪」とむっちょんの前髪は一ミリも関係ないよ。でも、何も云えなかった。云えるはずがない。彼は鏡に映った私自身なんだから。むっちょんは寄り目になって前髪を弄っている。私はベルトのバックルに触っている。どうあがいても、何にも手が届かない。

© Kotori Kawashima
© Kotori Kawashima
© Kotori Kawashima

 

*12月1日(土)〜1月31日(月)の期間、NEMIKA広尾・玉川の店頭にて、「根実花書簡第3回 穂村弘×川島小鳥」の作品を展示中。また、川島小鳥が俳優の佐久間祥朗を撮り下ろしたオリジナルZINE「melt the snow」を12月4日(火)より発売。

ZINE『melt the snow』 
販売価格:1200円+税
発売日:2018年12月4日(火)
販売店:NEMIKA広尾、NEMIKA玉川
各店100部限定
撮影=川島小鳥 モデル=佐久間祥朗 デザイン=松井正憲(METER) 制作=林里佐子(『美術手帖』編集部)

『melt the snow』表紙
 

NEMIKA「根実花書簡」について

 「根実花書簡」は、NEMIKAとウェブ版「美術手帖」による連載企画。東京のいまを切り取る様々な写真家がNEMIKAをイメージして撮影した作品や、日々のなかからインスピレーションを受けて撮り下ろした写真作品をもとに、歌人・穂村弘がエッセイを載せることば×アートの連載です。NEMIKAは、大人の女性に寄り添う、ファッションブランド。NEMIKAは「根実花」を意味する。根とは、過去に培ってきた歴史。実とは、現在のその人そのもの 。花とは、未来にむけたその人の表現。 根をはり、実をつけ、花を咲かせる「根実花」とともにつくる、ことば×アートをテーマにした本連載では、歌人と写真家がそれぞれの表現を往復書簡のように交換して、ここでしか読めないページをつくっていきます。

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