戦争、津波、難民問題……時代の肖像としての「海」
本特集のテーマは「海と造形」。いささか風変わりなこの特集の中でまず目につくのは、「海辺の工作」や「海とオブジェ」といった図画工作的な記事である。この頃の『美術手帖』は、現代美術の雑誌というよりも、生活雑誌としての色合いを強く持っていた 。そうしたカラーに対応するように、特集後半では海を題材にした随筆コーナーが設けられており、福沢一郎や野口彌太郎らが寄稿している。
このように、全体を通して牧歌的ではあるものの、そのなかにあって唯一奇妙に感じられるのがグラビアページだ。瀧口修造が構成・文を、大辻清司が写真を担当している「海のギャラリー」では、その名の通り、様々な角度から切り取られた波しぶきや、廃船の写真などが短い文章とともにレイアウトされている。
思えば、この頃の日本はまだ海外旅行が自由化される以前だった。海を越えて繰り返し爆撃機が襲来した戦争の記憶も新しく、庶民が海外旅行することは不可能だった当時の日本人にとって、「海外」はいまよりもずっと恐ろしく遼遠なる場所だったのではないだろうか。さらに、唐突に出現する廃船の写真は、ビキニ環礁で被曝した漁船・第五福竜丸を連想させずにはいられない。というのも、この号が発売された1956年は、第五福竜丸事件からわずか4年後であり、その記憶もまだ生々しい時期だったからだ。このように、説明もなくむき出しに提示された「海」は、当時の時代背景と相まって私たちに多義的な印象を与える。そしてこの印象は、生活雑誌としての牧歌的なイメージからは大きく乖離したものでもある。
さらに「海」という題材を現代美術史に照らしたとき、例えば、波打ち際に自らの身体を寄せる様子を記録した榎倉康二の《予兆─ 海・肉体》(1972)という作品が思い出される。寄せては引いてを繰り返す波打ち際に、なんとか自らの身体を寄せようとする榎倉の行為は、どこか切なく、個としての人間の世界とのつながりえなさを物語っている。そして、これに近い「つながりえなさ」への感慨がこの特集にも通底している気がするのだ。
ところで現代の日本人にとっての「海」は、東日本沿岸部を襲った津波や原発処理水の海洋放出問題、そして海外からの難民受け入れ問題などと結びつくことによって新しいイメージへと刷新され始めている。とはいえ、海そのものはいつの時代も変わるものではない。むしろそこから見えてくるのは、「自然」や「外国」といった広義の「外」に対して私たちが保ってきた姿勢、その態度と関係の変遷史である。
(『美術手帖』2021年6月号より)