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見え「な」い音の展覧会。
椹木野衣が見た、奥村雄樹「な」展

アーティストとして国際的な活動に数多く参加し、翻訳家としての顔も持つ、奥村雄樹。河原温との出会いに着想を得て制作された新作のサウンドインスタレーションを、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで開催した個展「な」で発表した。オーディオドラマのみで構成された本展を、椹木野衣がレビューする。

奥村雄樹 グリニッジの光りを離れて―河名温編 2016 オーディオ・インスタレーション 28分52秒原作:宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』(河出書房新社、1980年) 録音・編集:濱哲史出演:眞島竜男(河名温)、渡辺美帆子(河名弘子)、山辺冷(佐原次郎)音楽:藤本一郎、レイ・ハラカミ、ススム・ヨコタ キュレーション:德山拓一Photo by Takeru KORODA Courtesy of Misako & Rosen

椹木野衣 月評第93回 出会い損「な」いの世界 奥村雄樹「な」展

 建物に足を踏み入れ、表示に従って向かってすぐを右に曲がり、入り口の壁を越えて会場に入ったが、作品がなにもない。もとからあるままの部屋があるだけだ。バス通りに面した大きな窓は塞がれず、ふだんから交通量がひときわ多いことに加え、最寄りの二条城へのツアー旅行のために停められた大型の観光バスが何台も素通しで見えている。外との近さは、その手前の歩道を歩く、性別も年代も国籍もバラバラな人たちと、たまに目線がじかに合うくらいだ。向こうからすれば、見たところなにもなさそうな部屋で、いったい僕がなにをしているのか気になるのだろう。不思議そうにこちらを気にして、中への入り口を探そうと、来た道を戻る人さえいた。

 「ガチャガチャ」─ふとそんな音がして、部屋の真ん中に申しわけ程度に置かれたソファに座って、真正面に位置する裏手へと通じる開かずの扉を眺めていた僕の目と耳に、その重そうなドアノブが何度も捻られる音と動きが飛び込んできた。きっと、さっき入り口を探して歩道を戻った人が、僕がいる部屋へと通じそうな裏手の扉を見つけて、中に入ろうとしたのだろう。それはすぐにわかった。だから、別に驚くようなことではなかった。けれども、そのドアノブを捻る音と動きが、会場で流されている音声によるドラマの場面とたまたま合致していたため、もしかしたらタイミングに合わせて動くように最初から仕組まれていたのではないかと疑ってしまったのだ。

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAにて Photo by Takeru KORODA Courtesy of Misako & Rose

 冒頭に「作品がなにもない」と書いたが、それは正確ではない。絵画や彫刻のような実体として視線を注ぐ対象がないだけで、実際には会場にしつらえた小型のスピーカーから、音声は切れ目なく流されている。この物語には原作があり(宮内勝典『グリニッジの光りを離れて』)、それが複数の声による出演者らによって再現されているのだが、宮内による旅の体験に基づくこの小説自体が、美術家=河原温と宮内との出会いをもとに書かれたもので、それをやはり生前に河原との「出会い」があった奥村が、いま一度オーディオ・ドラマとすることで、みずからの個展会場の内部を使い、時間と空間を移しながら翻案しているのである。

 むしろ僕が驚いたのは、物語の中で、彼らの「出会い」はやはりドアを介して行われていて、描写のうえでドアをノックしたり開けたり閉めたりしそうなタイミングと、さっきの「ガチャガチャ」が、(完全にぴったりではなく)微妙に合っているように感じたからなのだ。しかし、同じような「ガチャガチャ」がその後、物語となんのつながりもない場面で繰り返されたところをみると、奥村がそこまで計算してドアが目に入る位置にソファを置いたのかどうかまでは、わからなかった。

作品はサウンドのみ。展示空間にはソファが1つ設置されている。美術家の河原温が「河名温」として登場する宮内勝典の小説『グリニッジの光りを離れて』をもととした、オーディオドラマを5.1サウンドで展開
Photo by Takeru KORODA Courtesy of Misako & Rosen

 いずれにせよ、なにも見るものがない会場で、作品を見る代わりに、僕はドアを隔てて見知らぬ人と出会い損ね、同時刻にちょうどそこにたどり着いていた知人には偶然出会った。同じ批評家のHさんだった。Hさんとは数日後、横浜美術館でもばったり出会った。日常の諸事を離れ、河原温に思いを馳せながらこの広い宇宙のことを思えば、天文学的に稀なことである。しかし同時にこのような出会いは、いつも(完全にぴったりではなく)微妙に出会い損ねている。

『美術手帖』2016年5月号「REWIEWS 01」より)

編集部

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