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REVIEW - 2020.2.9

「傷ついた風景の向こう」に見えるもの。小田原のどか評「DOMANI・明日2020」

文化庁が主催する「新進芸術家海外研修制度」の成果発表の機会として、1998年から開催されてきた「DOMANI・明日展」。その22回目となる「DOMANI・明日2020」では、「傷ついた風景の向こうに」をテーマに掲げ、日高理恵子、宮永愛子、藤岡亜弥、森淳一、石内都、畠山直哉、米田知子ら11作家が参加している。2020年の東京五輪開催に向け日本全体が盛り上がるなか、「傷ついた風景」を冠する本展がもたらすものとは? 小田原のどかが論じる。

文=小田原のどか

展示風景より、宮永愛子《景色のはじまり》(2011-12) 高橋龍太郎コレクション、作家蔵 撮影=宮島径 (C) Miyanaga Aiko, courtesy Mizuma Art Gallery.

 「写真の写真」から本展は始まる。石内都による《ひろしま #78》(2007)だ。原爆ドームを写した写真の上にかさぶたのようにまた別の原爆ドームの写真が張り付けられ、それがさらに撮影され展示されている。この一枚の写真が示すのは、時間の断絶と複層性、そして可塑性である。これは本展の核を成すテーゼだといっていいだろう。

 同様の構造は藤岡亜弥の作品においても見られる。藤岡による《「川はゆく」2020》は、2013年から19年にかけて撮影された、広島の爆心地付近に流れる川のある風景を追った連作である。このなかにも《ひろしま #78》同様、時相の異なるふたつの原爆ドームが一枚の写真に収められているが、《ひろしま #78》よりもさらに現在に近い時間が切り取られている。そのような2枚の写真が、展示空間は異なるものの平行に並び、見る者に連続的な関係を印象づけている。

展示風景より、石内都「Scars」シリーズ 撮影=宮島径 (C) Ishiuchi Miyako
展示風景より、藤岡亜弥「川はゆく」2020(2013-2019) 撮影=宮島径 (C) Fujioka Aya

 本展の出品作は、写真、彫刻、映像、絵画、インスタレーションなど発表形態は多岐にわたるものの、作品間に先にあげた石内と藤岡の作品に見られるような明確かつ単線的ではないイメージの重なりや対照が見て取れる。例えば、米田知子《桜―靖国神社、東京》(2006)と日高理恵子の作品群だ。二者は構図こそ同一だが、米田によって一瞬が写し取られた写真と、日高の展示室に集められた絵画群が示す30年強の時間の集約は、単純な対照や鏡像関係に回収されない様相を呈している。

 若林奮と森淳一の展示室にも興味深い対照関係が現れている。両者はともに彫刻という制度そのものをとらえ返すような制作を行うが、人間の営みと彫刻を通じて人間の営みと批判的・反省的に対峙するという根を共有しながらも、若林は地表の「下」を、森は地表の「上」を彫刻化する。抜けのある空間に置かれた森の《山影》(2018)と若林の《緑の森の一角獣座 模型》(1996−97)はそのような明確な対照関係にある。

展示風景より、手前は森淳一《山影》(2018) 撮影=宮島径 (C) Mori Junichi, courtesy Mizuma Art Gallery.

 栗林慧と栗林隆による《我々の宇宙》(2020)と佐藤雅晴《福島尾行》(2018)の共通するフレコンバッグは直接的な補完関係にあるが、日高理恵子と宮永愛子の作品の連関にも目を向けたい。日高による樹木を捉えた絵画がならぶ展示室を進むと、宮永による巨大なベールのようなインスタレーション《景色のはじまり》(2011-12)が現れる。本作は、樹木が生きる限り繰り返される「落葉」という代謝と循環を固着した作品である。日高の絵画と合わせて見ることで、いっそう思考の広がりが促される。

 そしてもっとも興味深い対比に感じられたのが、森淳一と藤岡亜弥である。森は山、藤岡は川という地形的条件から長崎と広島を対象化する。爆心地としてある意味では連続性をもって語られる両者の相違が、一枚の壁を経て鮮やかに提示されていた。

 ところで、このような「重なり」は、もちろん偶発的に現れているわけではない。本展企画者の林洋子による綿密な企図によるものだ。本展は明確な章立て(「プロローグ——身体と風景」「1章 傷ついた風景——七五年目を迎える広島と長崎」「2章 『庭』という風景——作家の死を超えて」「3章 風景に生きる小さきもの」「4章 傷ついた風景をまなざす、傷ついた身体」「5章 自然の摂理、時間の蓄積」「エピローグ——再生に向かう風景」)によって構成されるが、直線的な論述構造と同時に、章をまたいだダイナミックな接続や差異の対象化が立ち現れている。

 興味深いのは、会場がじつに構築的につくられているにもかかわらず、本展図録の林による論考がいわゆる展覧会解説にとどまるものではなく、林という一人の人物の個人史ともとれるような内容になっていることである。これは、キュレーターの存在や身体が見えにくくなっているこの国の美術館をめぐる現状(*1)に対しての異議申し立てにも思える。

 さて、本展「DOMANI・明日展」は、1998年に文化庁「新進芸術家海外研修制度」の成果報告展として始まり、今年度で22回目を迎える。新進芸術家海外研修制度は1967年度から実施されており、若手芸術家による海外の関係機関等での研修を支援するために設けられた。今回の「DOMANI・明日展」は、副題として「日本博スペシャル展」と銘打たれている。例年とは異なる「特別版」という位置づけである。

 この「日本博」とは、昨年全額不交付となり話題となった「あいちトリエンナーレ2019」への補助金の拠出元であり、これは「日本博を契機とする文化資源コンテンツ創成事業」を指す。そのコンセプトとは以下のとおりである。

「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の機運醸成や訪日外国人観光客の拡大等も見据えつつ、日本の美を体現する我が国の文化芸術の振興を図り、その多様かつ普遍的な魅力を発信する」(*2)

 このように日本博関連事業とは「日本の美」を内外にアピールすることを目的としているが、「傷ついた風景の向こうに/ Landscapes in Our Age: Scarred and Reborn」をテーマに掲げた本展は、日本博が掲げる「美しさ」へのアンチテーゼを示していたといっていいだろう。

 さて、本展のエピローグをなすのは、東日本大震災に際し津波の被害を受けた三陸地方の樹木をとらえた畠山直哉による写真作品だ。復興という美名に回収されない被災地のありようが提示されている。傷とは、回復とはなにかという本展の問いかけへのひとつの回答が示されていた。

展示風景より、畠山直哉「untitled(tsunami trees)」シリーズ 撮影=宮島径 (C) Hatakeyama Naoya

 本展に畠山が寄せた文章には、サン=テグジュペリが著した『戦う操縦士』(1942)の知性と樹木についての一節が引かれている。『戦う操縦士』については「この物語とチャーチルの演説とは、現在まで、デモクラシー側が『わが闘争』に対して見出した最良の回答である」という書評がよく知られている(*3)。

 オリンピック・パラリンピックに向け、都市の浄化と国威の発揚が着々と進むなか、日本の「傷ついた風景」をテーマとする展覧会のエピローグに、作品とともに『戦う操縦士』を引用すること。本展の開催意義とともに、ここに込められたものが多くの人に届くことを願う。

*1──「学芸員は名前が出せない? 美術館の(奇妙な)現状を探る」(ウェブ版「美術手帖」、2019年5月15日付)
*2──文化庁|政策について|日本博
*3──山崎庸一郎「訳者あとがき」『サン=テグジュペリ・コレクション4 戦う操縦士』(みすず書房、2000年)