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REVIEW - 2019.1.22

不確定な未来へ前進する「UFO」的建築。
長谷川新評 ワルシャワ・アンダー・コンストラクション展

昨年で10回目を迎えた「ワルシャワ・アンダー・コンストラクション」展。ワルシャワとキエフの2会場で開催された本展は、移民問題や共産主義の歴史に揺れ動くポーランドの美術と社会のあり様をとらえるものであった。本展を、インディペンデント・キュレーターの長谷川新がレビューする。

文=長谷川新

展示風景

展示風景

建設中、独立記念日、未確認飛行物体

 Googleマップを開いてポーランドを見てみよう。ドイツ、チェコ、スロバキア、ウクライナ、ベラルーシ、リトアニア、カリーニングラード(ロシアの飛び地)と隣り合い、北はバルト海を通してフィンランド、デンマーク、スウェーデン、エストニア、ラトビアともつながっている。昨年独立100周年を迎えたポーランドは、歴史的にきわめて複雑な紆余曲折を経て現在に至っている(*1)。

 ワルシャワ・アンダー・コンストラクション展は、文字通り「建設中」であるポーランドにおける美術と社会の在り様を示す。10回目となった2018年は、ワルシャワとキエフの同時開催とし、テーマは「Neighbours(隣人)」を掲げた(*2)。したがって「隣人」とは、ひとまずウクライナの人々となるだろう(*3)。​

ワルシャワ会場(外観)

​ いわゆる「2014年クリミア危機」以降、ロシアと事実上の戦争状態にあるウクライナは長期的な景気低迷に陥っており、多くの国民が他国へと移っている。いっぽう、少子高齢化の進むポーランドでは、500万人規模の労働力不足が見込まれるにもかかわらず、EUが取り決めたアフリカや中東諸国からの移民受け入れの配分を拒否するなど態度が硬直化している(*4)。

 こうして現在ポーランドでは、宗教的・文化的にも近しいウクライナ人の移民が急速に増加しており、どのように「隣人との共存」の経験を獲得していくかが大きな課題となっている。さもわかっていたかのように書いているが、筆者自身、今回ポーランドに赴くまでこのような状況をほとんど把握できていなかった。しかしそんなこととは関係なく、容赦なく状況は切迫している(このタイミングでの「独立」記念日がどのような意味を持つのかを考えると、きわめて危ういだろう)。​

ワルシャワ会場(外観)
会場の外からも、オクサナ・ブリウコベツカの壁画《ウクライナとポーランドの国旗》(2018)が見える
展覧会前の荒廃した「セペリア」内部の様子

 ワルシャワでの会場は、街の中心部に位置する、通称「セペリア」と呼ばれる共産主義時代の建築である。「セペリア」とは「民族芸術産業中央局」を意味しており、これは1949年、ゾフィア・シドゥウォウシュカ(1917〜2001)の指揮のもと、壊滅状態であった民族芸術産業を復興させるべく設立された組織である(興味深いことに、ゾフィアはキエフ出身者であった)。

 ジグムント・ステピンスキ(1908〜82)によって設計された「セペリア」は、最盛期のモダニズム建築の理想像でありながら、ポーランドとともに数奇な運命をたどり、現在は商業施設(お土産物屋)として使用されている。広告などで外壁はほとんど当時の面影を残していないが、共産主義時代、この建築物はポーランドの伝統を伝えるとともに、共産主義思想を具現化した重要な施設であった。

 こうして展覧会は、大きく2つの流れのもとに生み出されていることが理解される。ひとつは現在の移民をめぐる状況、もうひとつは共産主義時代との連続性である。ウクライナはこの流れのなかにおいてこそ考えられねばならない。

 会場風景

 移民と共産主義という「隣人」とどのように生きていくのか。本展は、この複雑かつ重い問題を共有するにあたり、「セペリア」だけではなくもうひとつ別の戦後建築を導入している。展覧会には、様々な批評性を有した作品が展示されていたが(ワルシャワ拠点の美術家、アルトゥール・ジミェフスキの《一瞥》[2016〜17]も、2017年の「ドクメンタ14」アテネ会場で観たときよりも焦点が定まり締まって見えた)、ここでは思い切って展覧会の力点を示すべく、ロリアン・ユリエフ(1929〜)の建築に議論を集約させたいと思う。

 ユリエフはシベリア出身の建築家であるが、それ以外にもアーティスト、詩人、批評家、作曲家、バイオリニスト(!)といった多彩な顔を持つ人物である。もともと抽象画も手がけていたユリエフであるが、社会主義リアリズム全盛の共産主義下においては、建築を通して創作を展開する。彼は、1956年から76年にかけては「キエフプロジェクト」のチーフアーキテクトとして働き、ある画期的な建築を設計することとなる。ソ連の輝かしい「宇宙時代」(*5)と、モダニズム建築の結晶たる建造物/情報研究所、通称「UFO」である。

 前述の通り、2014年以降のロシアとの戦争状態によってソ連支配下時代との決別の機運が高まるウクライナにおいては、ユリエフの建築は都合が悪く、新設のショッピングモールと無理やり連結してしまう計画が持ち上がっていた。そうした動きに抗して、旧ソ連時代のモダニズム建築を守ろうという運動が始動した。2017年のキエフ・ビエンナーレの会場がまさにユリエフの「UFO」であったのにはこういった背景がある(*6)。

ロリアン・ユリエフ設計によるUFO(1970年代) 撮影=Oleksandr Ranchukov
展示風景より。ロリアン・ユリエフによる「ショッピングモールとUFO」の連結プラン(模型)
展示風景より。ロリアン・ユリエフによる「ショッピングモールとUFO」の連結プラン(模型)

 では、同じく旧ソ連時代の「遺物」であり、現在お土産物屋となっている「セペリア」会場において、UFOはどのように、そしてなぜ展示されていたのだろうか。展示空間においては、ひっそりとUFOとショッピングモールの模型が展示されていたのであるが、それはユリエフの態度を共有したかったからにほかならない。キエフに現存する旧ソ連時代の建築物を保存しようという呼びかけに対して、すでに89歳となり、長らく建築に関わることなくバイオリンを弾き過ごしていたユリエフは、「ショッピングモールと UFO」の連結プランを自分自身で設計し、ディベロッパーに向けて提案したのである。展示されていた模型とは、まさにこのユリエフのプロポーザル用模型であった。

 米ソの宇宙開発競争の最中、ずっしりとしたコンクリート建築でありながらUFOのような造形を施し、未来との調和を志向したその建築家は、まさに未確認なもの、異質なもの、不確定な未来との付き合い方を熟知しているかのようである。第10回 ワルシャワ・アンダー・コンストラクション展は、独立記念日を目前に控え静かに沸くワルシャワで、現在と過去を建築を通して問い直しながら、未来へと向かおうとする、未確認飛行物体(UFO)として機能していたといえるだろう。

 ポーランド滞在については、アダム・ミツキェヴィチ・インスティチュートとPARADISE AIRにお世話になりました。この場を借りてお礼申し上げます。

 助成:文化庁(平成30年度アーティスト・イン・レジデンス活動支援を通じた国際文化交流促進事業)

*1ーー今年で日本との国交樹立も100年目となり、様々なイベントが開催される予定である。
*2ーー2017年のイスタンブールビエンナーレのテーマが「good neighbors」であったのが記憶に新しい。また2国間同時開催も同年のドクメンタ14を想起させる。
*3ーーワルシャワはポーランドの首都であり、キエフはウクライナの首都である。会場の外からも見えるオクサナ・ブリウコベツカの壁画《ウクライナとポーランドの国旗》(2018)は、タイトル通りポーランド(白/赤)とウクライナ(水色/黄色)の国旗を「混色」し、「HAS NOT DIED YET(まだ死んでいない)」と書き綴ったものであった。
*4ーー「労働移民膨らむウクライナ ポーランドへ100万人 欧州と文化的親和性高く」(2018年1月16日付、日本経済新聞朝刊)
*5ーー1957年の人工衛星スプートニク1号の打ち上げ、1961年のガガーリンの人類初有人飛行成功などソ連が世界の宇宙開発を先導する時代であった。
*6ーー行われた展覧会は「Festivities Are Cancelled!」と題され、ソ連時代の検閲がテーマとなった。