副田一穂が見た、赤星周展「タブラ・ラサ」

文=副田一穂

庭の椅子 2017 ミクストメディア 51×61cm

副田一穂 年間月評第5回 赤星周展「タブラ・ラサ」 白紙の上のカタツムリ

 スイスの地質・鉱物学者ルイス=アルバート・ネッカーは、日々目を通していた結晶学の研究書の銅版挿図が時折見せる、ある奇妙な変化に頭を抱えていた。そして1832年、イギリスの『フィロソフィカル・マガジン』編集者で科学者のディヴィッド・ブリュスターに宛てて、ネッカーはこう書き送った。「頂点Aは観察者にもっとも近く見え、頂点Xはもっとも遠く見えます。[中略]しかし、同じ図版を繰り返し見ていると、時折菱形の見かけの位置が変わり、頂点Xがもっとも近く、頂点Aがもっとも遠く見えるようになるのです」。この奥行き反転図形は(現象としては紀元前から知られていたのだが)発見者にちなんで今日ネッカーキューブと呼ばれている。

展示風景。写真右は《プラナリア》(2017)

 受付の背後の壁に掛けられた赤星あまねのドローイングには、頂点にそれぞれアルファベットを記した斜投影の正六面体と、その内側に2人の人物が描かれている。ただ、観察者との距離の手がかりとなるべき辺の実線/破線の描き分けが意図的に撹乱されているため、赤星のネッカーキューブの奥行きは余計に定めがたい。2人の人物は、部屋に閉じ込められているようにも、外壁にへばりついているようにも見える。

 俳人・正岡子規の句「若竹や髪刈らしむる庭の椅子」に由来する《庭の椅子》では、半透明の紙に裏から書かれた「若竹や/髪」の鏡文字が、北斎漫画の人物像とともに、厚みを持たないテキストの空間から絵の空間へと投げ込まれている。芭蕉の句の英訳や、中村不折経由で得た西洋の遠近法の知識を通じて、子規は語にまとわりつく歴史的、教訓的な意味を引き剥がし、均質で連続した時空間を任意の瞬間で切り取ったかのような「風景」の写生をもくろんだ。赤星は、子規の文字に肉の厚みを与え、タイトルに下句を代替させ、風景を絵画に変換することで、この均された時空間に濃淡を与えようとする。

ピッチ 2017 ミクストメディア 41×32cm

 複数の作品に赤星が引用した、ユクスキュル『生物から見た世界』におけるゲオルク・クリサートの魅力的な挿絵もまた、この時空間の偏りを助長する。ヒトとは異なる時間を生きるカタツムリや、たとえ遠回りになろうとも馴染みの道を通って帰巣するコクマルガラスの挿絵を起点に、身体を基盤とする運動と作用の空間へと、赤星は展示空間全体を描き替えてゆく。この身体と運動への関心は、あちこちに登場するミュロンの《円盤投げ》のイメージ(めいめいに円盤を持ったまま休息したり絵の裏側から円盤を引っ張りだしたりしている)にも共有されている。

立方体のスケッチ 2017 ミクストメディア 54×64cm

 さて、冒頭に触れたネッカーの相談相手ブリュスターは、カメオ浮き彫りが特定の条件下でインタリオ沈み彫りに(あるいはその逆に)見える、今日ホロウマスク錯視と呼ばれる現象が、影の位置についての経験と知識によって生じると報告した。空間の知覚を経験に帰す、いわば知覚における白紙状態タブラ・ラサ を採るこの立場は、幾何学原理を生まれながらにしてすでに書き込まれているものとみなすデカルト的な立場と、鋭く対立する。カタツムリの這った跡のキラキラ光る粘液のように、あちこちに張り巡らされた引用と運動の軌跡が、赤星の白紙の上の空間に疎密をもたらしている。

編集部

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