最大の展示室では、本展の中心的な展示となる、インドネシア・セラム島の神話「ハイヌウェレ」と今津自身の出産体験を織り交ぜた作品群を見ることができる。今津は子供の出産後、セラム島の「ハイヌウェレ」神話に興味を持った。ハイヌウェレはココナッツから生まれ、その排泄物が金や陶磁器などの財宝に変わる力を持つ女性。セラム島の人々は初めに彼女の生み出す金銀財宝を受け取っていたが、最終的にはその力を恐れて彼女を殺し土に埋めた。その身体の様々な部位が切断され、埋められた土からは食物の源となる根茎類が生えるという物語が伝えられている。
インドネシアには出産後に胎盤を埋める風習があり、今津もこの習慣に従い自らの胎盤を庭に埋めた。その後、埋めた場所から大きな植物が育ち、その経験は作家にとって、外国人だと恐れられ惨殺され、しかし地元の人々に豊饒をもたらしたハイヌウェレの神話に共感する感情を呼び起こした。この展示室では、「ハイヌウェレ」神話や今津自身の体験をモチーフにした絵画や立体作品が展示されており、またゲート状のインスタレーション《SATENE’s Gate, Patalima & Patasiwa sculptures》(2023)も注目作品のひとつだ。
このゲートは、ハイヌウェレの死を知ったサテネという神が怒り狂い、祭りの参加者を集めて並べ、その手に掘り返されたハイヌウェレの両手を持ち、参加者に「ゲートを通れ」と命じたというエピソードに基づいている。殺人に加担した村人たちはゲートを通るとハイヌウェレの手で叩かれ、動物や精霊に姿を変えられる。無事に人間の姿を保った者たちは左を通った者は「パタシワ」、右を通った者は「バタリマ」というふたつのグループに分かれ、現在でもそれらのグループはセラム島に暮らしている。
展覧会の最後には、インドネシア・チタルム川の汚染とその影響を描いた「Lost Fish」シリーズが展示されている。チタルム川はバンドンからジャカルタ湾まで流れる川で、繊維工場の有毒廃棄物や生活排水、プラスチックごみによって「世界一汚染された川」とも呼ばれている。
今津は、17世紀にオランダ人がチタルム川で行った調査に基づく図鑑に描かれた魚の種類をもとに、一匹一匹を描いている。その多くの魚は現在すでに絶滅しており、作品が描かれたのはチタルム川流域で生活する人々の生活用具として使われていた木材であり、地元の住民たちの経験や生活も込められている。「タナ・アイル」(土と水)という本展のテーマが色濃く反映され、インドネシアの自然や環境の変遷が感じられるシリーズだ。
インドネシアの歴史や神話、環境汚染などのテーマを通じて、インドネシアと日本というふたつの土地に根ざした今津の経験と思考が重層的に織りなされた本展。今津の作品を通じて、私たちは自らの生きる場所と環境について再考し、過去の歴史を見つめ直す契機を得ることだろう。
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