兵庫県立美術館で、『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザイナー兼アニメーションディレクターとして知られる安彦良和の、これまでの仕事を振り返る展覧会「描く人、安彦良和」が開幕した。会期は9月1日まで。
安彦は1947年北海道遠軽町生まれ。66年に弘前大学に入学するも除籍となり上京。アニメーターとして活動し始める。『機動戦士ガンダム』でキャラクターデザインとアニメーションディレクターを担当。以降、『クラッシャージョウ』で劇場版アニメの監督を務めたほか、テレビアニメ作品では自身が原作の『巨神ゴーグ』を生み出す。のちにマンガ家に転身し『アリオン』『ヴイナス戦記』『クルドの星』『ナムジ』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』などを精力的に発表し、最新作はマンガ『乾と巽-ザバイカル戦記-』となる。
本展は安彦の少年期から青年期の歩みもふり返りながら、多彩な分野の作品のすべてを取り上げ、そこに共通するテーマに迫る初の試みとなる。会場は6章構成。第1章「北海道に生まれて」では、出生から青年期までの安彦の足どりをたどる。
安彦は北海道開拓民の3世として遠軽町に生まれた。幼いころより絵を描くのが大好きで、鈴木光明、手塚治虫、横山光輝といった漫画家による作品に影響されて、自身もマンガを描き始める。会場では、安彦の幼い頃の写真とともに、中学時代の授業内容をイラストとともにまとめたノート「重点整理帳」などを展示。当時から安彦が高い画力を持っていたことがよくわかる資料がそろう。
中学生頃まではマンガ家志望だったという安彦だが、次第に堅実な仕事へと目が向き、教師を目指して弘前大学に入学。この時期に描かれたのが、スペイン内戦を舞台としたマンガ作品『遙かなるタホ河の流れ』だ。現在にいたるまで続く、安彦の歴史への興味を感じさせる初期作品といっていいだろう。
しかし、安彦はやがて弘前大学の学生運動のリーダー的な存在として活動するようになり、運動の結果大学を除籍処分となる。これを機に上京した安彦は、やがてアニメーションの仕事を始めた。第2章「動きを描く」は、アニメーターとして歩み始めた安彦の歩みを追う。
上京した安彦はアニメーション制作会社「虫プロダクション」の養成所に入所。やがてプロのアニメーターとして広く活躍するようになっていく。アニメーターとしての初期の仕事としてはテレビシリーズ「宇宙戦艦ヤマト」(1974〜75)が有名だ。また、映画『さらば宇宙戦艦 ヤマト愛の戦士たち』(1978)は、安彦が絵コンテで参加した作品となったが、長く語られることになる主人公・古代進がヒロイン・森雪の亡骸を抱きかかえて操縦席に戻るラストシーンの原画も担当。会場では、最愛の人の亡骸を抱える古代の静かな演技を描き出した安彦の絵コンテを見ることができる。
また、アニメーター/キャラクターデザイナーとしての安彦の名を不動のものにしたのはテレビシリーズ「勇者ライディーン」だろう。安彦は本作で初めてキャラクターデザインを担当したが、主人公・ひびき洸の女性的な造形や、その後の「機動戦士ガンダム」(1979)のキャラクター、シャア・アズナブルにも引き継がれる仮面姿の敵役・シャーキンなど、その後のキャラクター文化に影響を与える仕事を行った。
第3章「カリスマ・アニメーターの誕生」は、花形アニメーターとして注目を浴びるようになった安彦が、名実ともに代表作となる「機動戦士ガンダム」シリーズで手がけた仕事を中心に紹介する。
1979年から放送された『機動戦士ガンダム』は、いまにいたるまでロボットアニメの金字塔として長く語り継がれてきた作品だ。本作においては、監督・富野喜幸(富野由悠季)による、ときに理不尽なリアリティのある戦争描写や、大河原邦男による兵器としてのロボットデザインなどとともに、キャラクターデザインを務めた安彦の仕事も作品の根幹を成している。さらに安彦は本作においてアニメーション・ディレクターという立場となり、ただビジュアルをつくるのみならず、ときに絵を描く立場として世界観や物語づくりにも参加した。
例えば本展ではガンダムのメカデザインについて、安彦が様々な指示を与えたことを伝える資料なども展示されており、その総合的な仕事の片鱗を知ることができる。また、作品の世界観を表現した数多のイメージを描き、その高い画力を活かしながら「ガンダム」の世界観の構築にも貢献した。
第4章「アニメーターとして、漫画家として」では、『ガンダム』に携わって以降、監督やマンガ、挿絵の執筆などに広がっていったその仕事をたどる。
アニメーター/キャラクターデザイナーとしての安彦の名を不動のものとした『ガンダム』だったが、やがて安彦はより広範に監督、挿絵、マンガといった仕事を手がけるようになっていく。 テレビシリーズ「巨神(ジャイアント)ゴーグ」(1984)はこの時期の安彦を語るうえで重要な仕事だろう。原作、監督、レイアウト、キャラクターデザインなどを安彦が手がけたオリジナルアニメで、安彦が北海道で過ごした少年時代の経験を反映したような、子供たちを主役に据えた冒険活劇としてのテイストが強い作品となった。
また、初のマンガ作品として、ギリシャ神話を下敷きにした『アリオン』(1979〜84)の連載を開始。会場で展示されているマンガ原稿からは、アニメーターとして動きをつくってきた経験を活かした、キャラクターに動きを与えるための独特のコマ割りがされていることに注目したい。こうして新たな表現の場を得た安彦は、マンガ家としての仕事に専念するようになる。
第5章「歴史を描く」では、国内外の歴史への興味から、様々なマンガ作品を創作していった安彦の道のりを紹介する。
安彦が『古事記』を題材に取り組んだ『ナムジ─大國主─』(1989〜91)は、安彦の古代史へのロマンが存分に反映された作品だ。いっぽうで安彦は、マンガにおいてもアニメ制作と同様にスクリーントーンを使わない表現を行っている。墨の濃淡で光と闇を表現したその原画を前にすれば、手書きによる豊かな階調の表現を感じることができるはずだ。
また、その歴史への興味は近現代史にも向かう。昭和初期の舞台にする作品も制作するようになる。『虹色のトロツキー』(1990〜96)は第二次世界大戦開戦前夜の満州を舞台に、理想の世界を追い求める日本陸軍中尉とモンゴル人のあいだに生まれた男・ウンボルトを主人公とした物語だ。
最後となる第6章「安彦良和の現在(いま)」では、マンガ『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(2001〜11)のアニメ化を契機に、アニメーションに再び携わるようになった安彦の近年のアニメの仕事のほか、マンガの近作を紹介する。
安彦は「機動戦士ガンダム」を新たな物語を交えつつマンガとして描く『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を10年間連載していた。その後、本作のアニメ化が発表されると、24年ぶりにアニメ制作の現場に復帰。最新の作画環境においてもなお、安彦はその個性を発揮することになった。
今後も新たなマンガの構想があり、描き続けるという意思を感じさせる安彦。安彦良和というひとつの物語の途中を、豊富な資料で見ることができる展覧会となっている。