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2024.2.8

水色の洋館「旧尾崎テオドラ邸」、マンガ家らが再生。取り壊しからの逆転劇

取り壊しの危機にあった世田谷・豪徳寺にある明治期の洋館「旧尾崎テオドラ邸」が今年3月、新たに生まれ変わる。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

旧尾崎テオドラ邸
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 世田谷区豪徳寺。閑静な住宅街に突如として現れる青い洋館がある。築130年とされる旧尾崎テオドラ邸だ。この建物は、1888年にイギリス生まれの令嬢テオドラ(「憲政の神様」「議会政治の父」と評される政治家で元東京市⻑の尾崎行雄[1858〜1954]と結婚)のために日本人の父である尾崎三郎男爵が建てたことがわかっている。当初は港区六本木にあったが、譲り受けた英文学者が一度解体し、1933年に現在の場所に移築。世田谷区では最古の洋館建築とされている。

旧尾崎テオドラ邸

 旧尾崎テオドラ邸は老朽化が進み、2019年には取り壊しの危機にあった。しかし、普段からこの建物に親しんでいたというマンガ家・山下和美(『天才柳沢教授の生活』など)が取り壊しを知ったことをきっかけに、保存活動を展開。山下が発起人となり、一般社団法人旧尾崎邸保存プロジェクトとして著名マンガ家や地域住民、行政を巻き込み、保存を実現した。

 山下は「建築の保存は、同じビジョンを共有する人を見つけることが大変。試行錯誤の結果、マンガ家に落ち着いた。似た考えの人が集まると強い」と、保存に至るまでの過程を振り返る。いっぽう、 このプロジェクトに賛同したマンガ家のひとりで、『うる星やつら』『めぞん一刻』などの代表作で知られる高橋瑠美子は「こうした洋館を残せるのは夢がある。迷うことなく支援した」と語った。

右から福本伸行、新田たつお、笹生那実、山下和美、高橋留美子、高橋のぼる、三田紀房

 資材の高騰などを受け、補修費用には1億円という膨大な金額が必要だったものの、2回にわたるクラウドファンディングやマンガ家たちからの支援を集め、令和5年2月1日から12ヶ月にわたる改修を実施。3月にグランドオープンを迎える。

 同館は木造地上2階。改修にあたっては耐震補強(壁、床、基礎)を実施したうえで、ドーマー窓を用いた24時間換気や防音性能も備えた。また材料も厳選することで、130年前の姿をイメージするものとなった。

1階のカフェ
階段の手すりはオリジナルのもの
階段の踊り場は外光であふれている

 新たな命が吹き込まれた同館は、旧尾崎邸保存プロジェクトによってギャラリー事業、ショップ、喫茶室の3本柱で運営される。

 1階にはアフタヌーンティも楽しめる「喫茶室」と、オリジナルのグッズをはじめとする様々な商品を販売する「ショップ」を配置。また2階にはマンガの原画を中心とした展示を行う「ギャラリー」 となり、3月1日より、「旧尾崎テオドラ邸 チャリティー作品展」を開催。保存活動のために無利子融資を行った数人のマンガ家への返済と、今後の運営・保全費用のため、38人のマンガ家やイラストレーターや造形作家らによる作品70点以上をチャリティオークションにかける(展示会場内およびオンライン)。また3月15日からは「三原順の空想と絵本展」(〜4月9日)が予定されている。

2階のギャラリー
2階のギャラリー
展示風景より、萩尾望都の原画

 保存プロジェクト代表理事の山下は旧尾崎テオドラ邸の再出発について、「これからはマンガ家が中心となり、館の歴史をつなげていきたい。地域に愛される館となることを願っている」と語る。また同プロジェクト理事で『ドラゴン桜』などの代表作で知られる三田紀房は、「マンガ家の力でこの保存事業を成功させたかった。今後はより発展させていきたい」としつつ、様々な作家から原画を預かり、オンラインで海外通販も行う事業を通じて日本のマンガの魅力を発信するとともに、マンガ業界に一石を投じる意気込みを見せている。

 ちばてつや(『あしたのジョー』など)や永井豪(『デビルマン』など)、秋本治(『こちら葛飾区亀有公園前派出所』など)、大和和紀(『あさきゆめみし』など)らもこのプロジェクトを支援しており、それぞれ「こういう保存は国がやるべきこと。第一歩がスタートしたことはおめでたい」(ちば)、「これからますますマンガは社会的に素晴らしいものだとアピールする場のひとつになれば」(永井)、「マンガ家にとって原画を見せる美術館的な場所はなかなかない。東京の名所になれば」(秋本)とのコメントを寄せている。

右から、ちばてつや、永井豪、秋本治、大和和紀

 歴史的な建造物が取り壊されることが多い東京において、こうした民間主導の保存・再生が実現したことは大きな意義をもたらすだろう。またマンガ家による運営という面でも、稀有な試みとして注目したい。なお将来的には建築の文化財登録の申請も視野に入れて活動を継続するという。