東京・上野の東京国立博物館で、やまと絵の系譜をたどることで日本美術の歴史を総覧できる特別展「やまと絵―受け継がれる王朝の美―」が開幕した。会期は12月3日まで。
やまと絵は日本美術の中心的主題であり、やまと絵の歴史を追うことは、そのまま日本美術の歴史を追うことになる。本展は東博では30年ぶりとなるやまと絵の展覧会であり、四大絵巻(《源氏物語絵巻》《信貴山縁起絵巻》《伴大納言絵巻》《鳥獣戯画》)や、三大装飾経(《慈光寺経》《平家納経》《久能寺経》)、神護寺三像(《絹本著色伝源頼朝像》《絹本著色伝平重盛像》《絹本著色伝藤原光能像》)など、日本美術の名品中の名品とされる国宝が展示替えをはさみながら一堂に会する展覧会だ。
展覧会は序章と終章を含む6章構成となっている。まず、序章では日本美術の基本的な知識となる、大陸の絵と日本の絵の影響関係や定義が確認される。
本章ではまず、やまと絵と唐絵(からえ)の関係を、国宝《山水屛風》(平安時代、11世紀)と国宝《山水屛風》(鎌倉時代、13世紀)を並べて展示することで検討する。飛鳥・奈良時代にもたらされた中国由来の唐絵をアレンジすることで発展したがやまと絵だが、唐絵との差異は描く対象が日本を舞台としたところにある。ともに山水を描いた作品であるが、前者には中国の衣装を着た人々が、後者には日本の衣装を着た人々が描かれており、その差異が明確になっている。
鎌倉時代後期以降、中国の宋や元、明の時代の水墨画をはじめとした絵画が日本にもたらされる。これらは唐絵に変わる異国の絵画「漢画」として認識された。この時代になるとやまと絵は、漢画に対して旧来の絵画を指し示す言葉となる。
このように序章では、やまと絵が指し示すところが、つねに異国の絵画との対概念であったことが理解できる。
第1章「やまと絵の成立―平安時代」では、平安時代の宮廷文化のなかで、和歌に詠まれた名所や風景、風俗、仏教的な価値観などに対する貴族ならではの美意識が花ひらいたやまと絵を紹介されている。
例えば藤原伊行筆の国宝《葦手下絵和漢朗詠集》(平安時代、1160)は、葦手の下絵に注目したい。葦手とは平安時代に流行したもので、葦に見立てた仮名を下絵のなかに散りばめて溶け込ませている。《葦手下絵和漢朗詠集》の下絵の風景のなかにも様々な文字が隠され装飾として機能しており、貴族たちの優雅な遊びごころが見て取れる。
四大絵巻もこの章で紹介される。紫式部の『源氏物語』は、成立から間もなく絵画化されたと考えられており、以降現代にいたるまでは様々なかたちで表現されてきた。なかでも徳川美術館のものと五島美術館のものは現存最古のものとされる。
国宝《信貴山縁起絵巻》(平安時代、12世紀)は信貴山朝護孫子寺の開祖・命蓮をめぐる物語を表したもので、その巧みな山水表現は「やまと絵化」のひとつの到達点とされている。
また、国宝《伴大納言絵巻》(平安時代、12世紀)は平安時代前期に起こった応天門の変に取材した絵巻だ。様々な絵巻の手法が組み合わされており、この時代にひとつの完成形を迎えていたことを物語る。
描き手や制作背景などが謎に包まれていながらも、多くの人に親しまれてきた《鳥獣戯画》(平安〜鎌倉時代、12〜13世紀)。躍動感あふれる擬人化された動物が有名だが、その印象は筆致の強弱がついた描線にも由来する。これは、均整がとれ抑制されたやまと絵の線とは異なるもので、謎多き描き手を解き明かすヒントにもなるだろう。
第2章「やまと絵の新様―鎌倉時代」は、鎌倉時代のやまと絵を考察している。鎌倉時代は武士が主導した時代ではあったものの、やまと絵は平安時代に引き続き宮廷貴族の文化が牽引した。失われた過去の王朝への憧憬もまた、この時代に深まっていった。
《佐竹本三十六歌仙絵》(鎌倉時代、13世紀)は、もとは三十六人の歌人を歌合の形式で描いたものだったが、大正時代に歌人ごとに分断のうえ掛幅装されたことで有名だ。注目すべきはその描法で、鎌倉時代に流行した「似絵」と呼ばれる実際の人物を前にしながらその特徴を画面に表す手法が、過去の人物である歌人たちを描く際にも使われている。
また、10月24日〜11月5日のあいだのみの展示であるが、国宝の 《絹本著色伝源頼朝像》《絹本著色伝平重盛像》《絹本著色伝藤原光能像》(いずれも鎌倉時代、13世紀)の神護寺三像は、やまと絵の肖像画のひとつの到達点とも言えるものだ。
第3章「やまと絵の成熟―南北朝・室町時代―」は、水墨による漢画が伝来したことによって、対抗するかのように多彩な色彩を得た南北朝や室町時代のやまと絵を展示している。
《源氏物語図扇面貼交屛風》(室町時代、16世紀)は、もともと扇として使用されていたものを屛風に貼り混ぜたものと見られており、天地を朱線で囲った金雲で覆い華やかで優美な雰囲気を醸し出している。
狩野元信筆《神馬図》(室町時代、16世紀)、《四季花鳥図屛風》(室町時代、1550)や、元信から学んだ者の筆とされる《花鳥図屛風》(室町時代、16世紀)などは、中国絵画の表現とやまと絵の表現が高度に融合した作品だ。序章でこの時代の対概念として提示されていた漢画とやまと絵だが、この時代はそれぞれの表現を融合し、やまと絵の表現をより豊かにしていった。
第4章「宮廷絵所の系譜」は、天皇や貴族の求めに応じて絵画制作を行っていた組織である宮廷絵所の絵師の系譜を追う。
伝高階隆兼筆《石山寺縁起絵巻》(ともに鎌倉〜南北朝時代、14世紀)や土佐光茂筆《桑実寺縁起絵巻》(室町時代・1532)、土佐光信・光茂筆《清水寺縁起絵巻》(室町時代、1517)など、各時代における流行や絵師の個性が高いレベルで示された作品を堪能したい。
終章「やまと絵と四季」は、やまと絵における中心的な命題といえる、四季を描くことへの美意識が前面に出た作品を紹介し、展覧会の末尾を飾る章だ。
吉野の桜、宇治の柳という春の名所と名物を対にして構成した《日月山水図屛風》(室町時代、16世紀)や、浜松とともに梅や紅葉、雪山などの春夏秋冬の風物を配した《浜松図屛風》(室町時代、15〜16世紀)などの名品で、改めて四季を見つめたやまと絵の真髄を感じることができる。
日本美術の中心を貫くやまと絵の歴史を、平安時代の成立から室町時代の円熟までたどることができる大規模展。人気が高い安土桃山時代以降の琳派や浮世絵といった日本美術の基盤が何であったのかを改めて学ぶうえでも重要な、まさに「実物で見る日本美術の教科書」と言える展覧会だ。