長野県松本市が移転・新築のために整備を進めてきた松本市立博物館が、10月7日にオープン。開館記念特別展「まつもと博覧会」もスタートした。
新博物館は、江戸時代に松本城内の武家屋敷があった敷地に新築。城の堀の内側にあった旧博物館から徒歩5分ほどの場所となる。地上3階建て、延床面積は約7774平米。外観はまちづくり協定を遵守し、周囲と調和するような勾配屋根を二段に設置し、大名町通りの景観に配慮したという。
1階は市民や観光客が立ち寄りやすい開放的な空間となっており、講堂や交流学習室、「子ども体験ひろばアソビバ!」などが設置された。また、エントランスホールから2階の展示室へと上る階段と吹き抜けは「導入展示エリア」として、マップや映像装置により来場者の興味を喚起させる仕組みとなっている。
収蔵庫は河川の氾濫等の災害対策も考慮し、2階と3階に設置された。市民からの資料の寄託や寄贈も多いなか、旧博物館では手狭となっていたスペースを拡充しており、両階の収蔵庫の面積は合わせて約1050平米となっている。
2階は約600平米の特別展示室が設置され、ここで年に3〜4回ほど企画展を開催していく。オープニングとして開館記念特別展「まつもと博覧会」が開幕した。
本展は、明治になって間もない1873年、松本城を会場とした「松本博覧会」が開催されたことに着目し、当時の博覧会が何をもたらし、人々の意識をどのように変えたのかを考えながら、これからの松本の姿を探るものとなっている。
第1章「松本博覧会前史 〜博覧会との出会い〜」は、松本博覧会が海外や日本の都市部で行われた博覧会を参考に開催されたことを鑑み、改めてこの時代の博覧会がどのようなものだったのかを資料から読み解く。
第2章「松本博覧会開催 〜松本の文明開化〜」は、松本博覧会がどのように企画・準備され、どのように開催されたのかに焦点を当てる。近世までは立ち入れなかった松本城で目にする珍しい品々が、松本の人々に文明開化を強く意識させたことがよくわかる。
第3章「変わる博覧会 〜開化から勧業へ〜」は、明治10年代になり開化を地域の人々にアピールするものから、勧業のためのものへとその性格を変えていった。ここでは内国勧業博覧会(1877)で最優秀賞を受賞した臥雲辰致のガラ紡などを展示し、松本博覧会の歴史的位置づけを、その後の博覧会の変質によって相対化している。
第4章「EXPO MATSUMOTO 〜松本発のものたち〜」は、松本博覧会を訪れた人が感じた地域の特徴や魅力を引き継ぐように、松本で生まれた様々なものを展示する。伝統工芸品から、国内外で高いシェアを誇る機械製品まで、松本をフィールドにものづくりをしている作家や企業が出典している。
本展の会場デザインは、これまで「マツモト建築芸術祭」でディレクターを務め、松本市立博物館のアソシエイトプロデューサーに就任したおおうちおさむ(有限会社ナノナノグラフィックス代表)。おおうちは本展の会場デザインについて次のように語った。
「これまでマツモト建築芸術祭で行ってきた、建築という松本がもともと持っていながらも広く認知されていなかった資産の価値を引き出すという活動が評価され、こうした役職をいただいたのだと思っている。本展では、展示室内をビビッドな配色にすることで、歴史的に興味深い展示物をより多くの人に知ってもらう足がかりにしようと考えた。今後も館の様々なところや企画展にこうした思考を持ちこんで、より良いものにしていきたい」。
3階は常設展示室として、松本の人、歴史・文化、自然を実物資料を交えながら体験として学ぶことができる構成になっている。
往時の松本城と城下町の再現模型や、城下の祭りの道具、祭祀に用いられる品々や農耕器具、道祖神、松本の周囲の山岳の解説などが並べられており、1フロアで松本を多面的に知ることができる。
なかでも、1911年に当時の尋常小学校の教員が江戸時代末の松本城の周辺の様子を聞き取りしながら3年かけて制作したという松本城模型は興味を引く。これは旧松本市博物館でも展示されていたもので、歴史を学ぶための資料にもまた歴史があり、先人の教育者によって受け継がれてきたことがよくわかる。
貴重な現存天守閣として国内外から多くの観光客を集める松本城。そのほど近くに装いも新たに誕生した松本市立博物館は、松本における文化の重要な結節点となるだろう。おおうちは「マツモト建築芸術祭の会場にも組み込めたら」と語っており、松本市内の他館や街との文化的な連携も期待できそうだ。