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虹色に染まるプライド月間の6月。ロンドンでのクィア・アートイベントを巡る

6月が始まる前後からイギリスではあちこちがレインボーカラーで覆われる。LGBTQ+の人々の権利を啓発し、同時に彼らの存在を祝福するプライド月間となるからだ。デパートのファサード、お店のショーウィンドー、スーパーマーケットの飾り付けまで、多くの人々が立ち寄る場所や目に付く箇所が虹色に染まる。もちろん今年も例外ではない。そんななか、ロンドン各所で行われている数々のLGBTQ+のアートイベントをレポートする。

文=坂本みゆき

「クィア・ジョイ・エキシビション」の作品が展示されているキングス・クロスの一角。背後の建物はロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズの校舎© John Sturrock c/o King’s Cross

テート・ブリテンでのLGBTQ+イベント「クィア・アンド・ナウ2023」

 6月10日、ロンドンでもっとも人気のある美術館のひとつとも言えるテート・ブリテンで一日限りのイベント「クィア・アンド・ナウ2023」が開催された。

テート・ブリテンの外観 撮影=筆者

 このイベントが最初に開かれたのは2017年のこと。大きな話題を呼んだ展覧会「クィア・ブリティッシュ・アート 1861–1967」の会期中に、ギャラリーツアー、ワークショップ、音楽やダンスのパフォーマンス、さらには夜のDJセットまで幅広く楽しめる催事として行われた。そのときのリーフレットにはこんな言葉がある。

複雑な歴史のもと「クィア」という単語はLGBTQ+の人々へのさげすみとしてだけではなく、彼ら/彼女たち自身が自分たちを言い表す言葉として19世紀の終わりから使われてきました。「クィア・アンド・ナウ」は、そんな背景を持つ「クィア」を、異なったセクシュアリティやジェンダー・アイデンティティを持つ人たちすべてを包摂する言葉として、また既成概念にとらわれずにそれらの人々の存在を主張し、インスピレーションを与えてくれる言葉としてイベントの名称に使用することにしました。これまで行われてきたLGBTQ+の様々な活動を参考にしながらつくり上げたこのフェスティバルが、コミュニティを祝福しながらクィアたちの可視性と認知、そしてその権利獲得のさらなる達成と発展に結びついていくことを願っています。
テート・ブリテンのエントランスにある「クィア・アンド・ナウ 2023」のポスター 撮影=筆者
入り口のカウンター上には「she/her」「they/them」などの缶バッジが置かれており、各自が自分の代名詞を選んで胸に付けることができる  撮影=筆者

 4回目となる今年は初回よりもさらに拡大しており、小さな子供向けの読み聞かせや工作のワークショップなどを含む「ファミリーズ」、アート関連のツアーやトークからなる「アート&ミュージアムズ」、夕方6時以降にDJなどが盛り上げる「クィア・ジョイ」の3つのカテゴリーに分けられた30以上のプログラムが用意された。朝から晩まで行われるイベントはすべて無料。様々な年齢の人たちが楽しめるだけではなく、クィアも、そうでない人々も同じように関心を持って参加できる工夫がなされているのが強く感じられた。

 また、館内のあちこちで「クィア・アンド・ナウ」のプログラムが行われているなかで、平時と変わらず常設展や特別展も公開されていたため、来場者全員が必ずしもこのイベントを目当てに訪れたわけではなかった。それでも、様々な人たちが穏やかに行き交いながら楽しんでいる風景があちこちで見受けられたのも印象的だった。

イベントを支える美術館の底力

 プログラムの内容の充実度は同館の持つ作品や資料によるところが大きく、さすがと思わざるを得なかった。「クィア・コレクション・ツアー:1890–1945」は、現在常設されている作品から選ばれた十数点を30分程度で見て回るものだったが、ニーナ・ハムネット、ダンカン・グラントなどのクィアとしても知られるアーティストの有名作品が数メートルごとに並ぶ環境だからこそ、短時間で飽きることなく興味を持って鑑賞できた。

「クィア・コレクション・ツアー:1890–1945」でニーナ・ハムネットの絵画について説明を受けている参加者たち 撮影=筆者

 収集しているLGBTQ+の関連書籍や資料などが一堂に会した、館内の図書館における「ショウ・アンド・シェア:クィアリング・ザ・ライブラリー」は圧巻の内容だった。古くはマン・レイの写真やブルームズベリー・グループの創立メンバーの作家リットン・ストレイチーのアルバムから、映像作家デレク・ジャーマンのノート、1980年代のHIV感染予防関連のリーフレット、最新の書籍、写真集、雑誌、ZINEまでが並べられていた。

1980年代のクィアカルチャーに関する資料の数々 撮影=筆者
デレク・ジャーマンの品々には見入る人が多かった 撮影=筆者
展覧会のカタログなど数多くの書籍も並ぶ 撮影=筆者

 しかもこれらは展示物ではなく資料であるため、手にとって閲覧することも可能だ。20世紀以降のLGBTQ+史の貴重な品々に文字通り気軽に接することができるのは驚きだった。また資料となるありとあらゆるものを収集し、各時代の知られざる出来事や言葉を発掘していく美術館の作業を支える、図書館の圧倒的な力を示しているとも感じた。

風景を明るく照らす「クィア・ジョイ・エキシビション」

 ロンドンのターミナル駅キングス・クロスの北側は、近年再開発された話題の商業地区だ。数多くの飲食店や小売店が並び、つねに多くの人が行き来してにぎわっている。現在このエリアではイギリス国内外のLGBTQ+のフォトグラファーたちによる、クィアな人々のポートレイト50点を巨大なパネルにして並べた「クィア・ジョイ・エキシビション」(〜8月31日)が開催されている。

 これは、この地区をロンドンで最大の屋外ギャラリースペースのひとつにしようという「ジ・アウトサイド・アート・プロジェクト」の一環として行われたもので、明るく個性あふれるクィアたちの姿をとらえた作品を通して、その存在とポジティブなパワーを広く知ってもらおうというものだ。

カラフルな写真と、そこに写る様々な個性あふれる人々の姿が街並みを彩る
© John Sturrock c/o King’s Cross
パネル下のベンチは、人々が憩う場所となっている
© John Sturrock c/o King’s Cross

 ヴィジュアル・メディア会社でストック写真のサプライヤーでもあるゲッティイメージズと、1984年に創刊したイギリスのLGBTQ+雑誌『ゲイ・タイムス』、レインボーカラーのお菓子として定番の人気を誇る「スキットルズ」(スキットルズはその色から長年にわたってLGBTQ+コミュニティの支援をしていることでも知られている)、そしてこのエリアにあるミュージアム「クィア・ブリテン」が協賛している。

人気エリアにあるイギリス初のLGBTQ+博物館

 クィア・ブリテンはLGBTQ+に特化したイギリス初の博物館だ。『ゲイ・タイムス』の編集者だったジョセフ・ガリアーノ=ドゥイグ氏によってつくられた団体「クィア・ブリテン」は、これまでもポップアップでLGBTQ+に関する展示を行っていたが、キングス・クロスにあるコール・ドロップス・ヤードと呼ばれる一角に場所を得て、昨年5月にこのミュージアムをオープンした。運営には70人近くのボランティアが関わっている。

 昨年7月から引き続き行われている展覧会「ウィー・アー・クィア・ブリテン」(〜7月31日)では、同性間の恋愛が違法だった19世紀に投獄された作家オスカー・ワイルドの独居房の扉を筆頭に、イギリスにおけるLGBTQ+の歴史にまつわる品々を並べる。

「ウィー・アー・クィア・ブリテン」展の展示風景より、オスカー・ワイルドの独居房の扉 撮影=筆者
「ウィー・アー・クィア・ブリテン」展の展示風景より、クィアたちの歴史を物語る品々や文献 撮影=筆者
「ウィー・アー・クィア・ブリテン」展の展示風景より、プライドのパレードで使われたサインや衣装 撮影=筆者

 この展示はイギリスの博物館協会賞における「ベスト・スモール・ミュージアム・プロジェクト・アワード」を受賞したばかりではなく、オープン以降6ヶ月で延べ3万5000人の動員を記録した。

 「『クィア・ブリテン・ミュージアム』の動員数を通して、人々がいかにクィアの歴史を知りたいと強く望んでいたかが明らかになりました。世界中の人々をここに迎え、栄えある賞も授かり、素晴らしいチームとボランティアに支えられて夢がかなったと感じています」(ジョセフ・ガリアーノ=ドゥイグ)。 

 学校や地域団体との交流も積極的に行い、さらに多くの人にLGBTQ+の暮らしやエピソードを知ってもらう機会も数多く設けている。また2021年10月には平面作品であれば誰もが応募できるアートプライズ「2023 マダム・F・クィア・ブリテン・アート・アワード」も主催。クィア・アートの後押しにも余念がない。

4000年にわたるLGBTQ+の歴史をひもとく大英博物館

 大英博物館は6月だけではなく1年を通して体験できる「欲望、愛、アイデンティティ:LGBTQヒストリーズ・トレイル」を設けている。これは同館内に点在するLGBTQ+の歴史にまつわる展示品を見て回るものだ。所要時間が約1時間の15作品を回るコースと、30分程度の3作品のコースの2種類があり、オーディオガイドをSpotifyやApple Musicなどから自分のデバイスにダウンロードして使用する。

 鑑賞作品は、紀元前1800年につくられたとされる男女両方の性を持つ「夜の女王」の像や、第14代ローマ皇帝ハドリアヌスの愛人だった青年アンティノウスの石膏像、18世紀にアイルランドからウェールズに渡り50年間共に暮らした2人の女性、レディ・エレノア・バトラーとセーラ・ポンソンビーのチョコレートカップなどだ。

バビロニアの神をかたどった「夜の女王」。この像は現在のイラクで発見された
© The Trustees of the British Museum
アンティノウスの像。彼がナイル河で溺れ死んだことをハドリアヌスは深く嘆き悲しみ、アンティノウスの銅像を設立したり彼の肖像を硬貨に使用したりするなどの異例の追悼をしたという
© The Trustees of the British Museum
エレノアとセーラの2人は共に暮らしたウェールズの町の名前にちなみ「スランゴスレンの貴婦人たち」と呼ばれていた。カップのソーサーには2人のイニシャルのモノグラムが施されている
© The Trustees of the British Museum

 「大英博物館は世界各国からやってくるすべての人に門戸を開き、あらゆる文化を知ってもらうための場です。そのような博物館である私たちがLGBTQ+のアートと歴史を紹介することは非常に重要で、使命でもあると考えています。コレクションのなかから古代から現代までの品々を鑑賞できる、このトレイルをつくることができて大変うれしく思っています」と、館長のハートウィッグ・フィッシャー氏はステートメントを通して語る。

 イギリスでは最初のプライドのパレードが行われてから今年で51年となる。この半世紀とそれ以前のクィアの歴史を博物館やギャラリーが示す機会は、ここ数年でかなり増えてきているのは間違いない。運営者やキュレーター自身がクィアであることも少なくなく、当事者たちが生の声を伝えてくれるのは貴重でありがたい。それらの展示物に見入り、クィアたちやその文化を知ろうとしている人たちはセクシュアリティに関係なく皆一様に熱心だった。そして彼らがつくり上げてきたアートやムーブメントはじつに多様性に富み豊かで、一無二でクリエイティビティにあふれるものばかりだったのが強く印象に残った。

編集部

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