早稲田大学演劇博物館 2階 企画展示室で、「2023年度春季企画展推し活!展―エンパクコレクションからみる推し文化」が開催されている。ディレクションは、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教の赤井紀美が務めている。会期は8月6日まで。
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近年話題の「推し活」とは、「推し」を応援したり様々なかたちで愛を表現する行為のこと。本展では、人々の日常を支えるひとつの柱にもなっている「推し活」にフォーカスし、同館が所蔵する100万点もの資料から厳選した品々を紹介する。
「推し文化」について考えることはまた、演劇を演劇たらしめる要素の「観客」の歴史を問うことでもある。時代ごと、各ジャンルにどのような観客が存在し、「推し」といかに向き合ってきたのか。演者や制作者側を中心とした従来の演劇・映像史では見落とされてきた営みや「声」を浮かび上がらせることも、本展の意義のひとつだ。
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会場は、「推し活」という現象の性質とその歴史的な意義から導かれた「集める」「共有する」「捧げる」「支える」の4章と、現代の「推し活」を紹介する第二会場で構成される。
「集める」では、「推し」に関するものを収集する行動に注目し、ブロマイドや雑誌、スクラップブックなどを展覧。ここでは、原節子や演劇集団キャラメルボックス団扇(うちわ)が目に止まるかもしれない。昨今流行りの「手作りうちわ」にも通じる、「うちわに貼る用の浮世絵」の史料も展示されている。
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「共有する」では、後援会やファンクラブの活動、そこで生まれた会報などを紹介。同じものを好きなもの同士でつながったときの大きなエネルギーと創造性を感じられる。
三代目中村歌右衛門の「贔屓」についての評判を記した1815年の史料など歌舞伎関連の展示品に加え、宝塚歌劇のファンによる印刷物も多数あり、目移りは必至。とくに注目してほしいのは、昭和50年代に活動した片岡孝夫と坂東玉三郎のコンビを後援する私設ファンクラブ「T&T応援団」の軌跡。目を通せば、一致団結した「推し活」の熱意に驚嘆することだろう。
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「捧げる」では、他の展覧会ではまず見ることのない「ファンから推しへの贈り物」が展示されている。ファンレターから人形まで幅広い品々は、どれもとびきり魂のこもったもの。
数多く並ぶ人形は、森繁久彌(もりしげ・ひさや)が『屋根の上のヴァイオリン弾き』の主人公を演じた際の姿をファンがかたちづくったもので、比較するとつくり手による違いも楽しめる。女優・森律子の等身大人形の生々しいほどリアルなつくりは、ぜひ会場でご覧いただきたい。
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「支える」は、イギリスのシェイクスピア時代の演劇はパトロンという存在によって大きく発展したという歴史や、歌舞伎が庶民の熱烈な人気によって支えられ、江戸時代最大の娯楽となった経緯を意識したセクション。
シェイクスピア関連の貴重な展示品に加え、十七代目中村勘三郎の大ファンだった江戸川乱歩の創作も紹介。大きな展示ケースには、ファンや同時代の芸術家が「推し」のために用意したという豪華絢爛な衣装が飾られている。
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第二会場では、現代の「推し活」にフォーカス。栗山絵美子が「推し」の狂言師に捧げる繊細な消しゴムハンコ、早稲田大学宝塚歌劇を愛する会が制作する『夢の花束』のバックナンバー、「刀剣乱舞」の映像まで多様なクリエイションを紹介。
部屋の奥にあるのは、事前アンケートで寄せられた声を集めた三角柱。カラフルな吹き出しの一つひとつに目を凝らせば、きっと共感が生まれるだろう。来場者がその声を残せるブースもあるので、ぜひ付箋に手を伸ばしていただきたい。
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帰り際には、フォトブースをお見逃しなく。史料ベースの本展をキャッチーにしているのが、ペンライトやうちわを掲げたが日本画風の「ファン」の様子が愛らしいポスターデザイン。手掛けたのは、株式会社Ovalの平野達也だ。
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展示を見終える頃には、「推し活」が現代だけの一時的なブームではなく、古くから行われきた強い縦のつながりをもつ営為だとわかるだろう。
過去から現代にいたるまで、演劇や映画などの文化を支え盛り上げてきた無名の観客。その存在と意義を再認識させてくれる本展は、演劇に関心がなくとも愛する「推し」が居る人なら誰でも楽しめる、歴史的意義と現代性を備えた展示となっている。