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2023.4.8

パナソニック汐留美術館で見る、ジョルジュ・ルオーの芸術における「かたち、色、ハーモニー」

19世紀末から20世紀前半のフランスで活躍した画家ジョルジュ・ルオー。その回顧展「ジョルジュ・ルオー - かたち、色、ハーモニー -」が、東京・汐留にあるパナソニック汐留美術館で開幕した。会期は6月25日まで。

展示風景より
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 世界で唯一フランスの画家ジョルジュ・ルオーの名を冠した「ルオー・ギャラリー」が存在するパナソニック汐留美術館。同館にとって開館以来初となるルオーの本格的な回顧展が始まった。

 今年で開館20周年という節目の年を迎え、今回の展覧会より改修工事を終えてリニューアルオープンした同館。ルオーの初期から晩年までの絵画や版画作品など約260点を収蔵しており、ルオーに関連する数々の企画展を開催してきた。

 ルオーは、19世紀末から20世紀前半のフランスで活躍し、宗教的主題や、晩年の輝くような色彩で描かれた油彩画などで知られている画家。本展は、ルオーが自身の芸術を語るのに繰り返し用いた言葉「かたち、色、ハーモニー」をキーワードに、同館のコレクションに加えて国内外の美術館から集まった約70点の作品を通じ、ルオーの装飾的な造形の魅力に迫るものだ。

 展覧会は、緩やかな年代順に5章で構成されている。1890年、ルオーはパリ国立高等美術学校(エコール・デ・ボザール)に入学。ギュスターヴ・モローのもとで古典絵画の研究に励むとともに、自由で革新的な教育を受けた。第1章「国立美術学校時代の作品―古典絵画の研究とサロンへの挑戦」では、モロー教室で教えを受けていた24歳の際に初めて描いた自画像(1895)や、3度目のローマ賞に挑戦した際の最終試験で取り組んだ油彩の下絵である《死せるキリストとその死を悼む聖女たち》(1895-97)などが展示されている。

第1章の展示風景より、左から《死せるキリストとその死を悼む聖女たち》(1895-97)、《自画像》(1895)

 また、同章ではルオーの家族が所蔵していたモローの晩年の油彩《オルフェウスの苦しみ》(1891頃)をはじめ、モローのルオー宛書簡や、モローとの思い出を記した書物なども紹介されており、ルオーが受け継いだモロー作品のマチエール、構図、色彩の表現などの影響関係やふたりの交流がうかがえる。

第1章の展示風景より

 本展の担当学芸員・古賀暁子は、「モローの死後、ルオーが自身の芸術表現を探求していった時代に裸婦や娼婦を描き始めた」と語る。第2章「裸婦と水浴図―独自のスタイルを追い求めて」では、ルオーが追い求めた独自の芸術スタイルを考察する。

 同章では、ルオーが娼婦を主題とした作品《二人の娼婦》(1906)や、ルオーが尊敬した画家セザンヌの「水浴」を想起させる《花蘇芳の側にいる水浴の女たち》(1925-29)のほか、陶工アンドレ・メテが制作した器にルオーが装飾を施した《花瓶 水浴の女たち》(1909)や磁器のティーセットなどの立体作品を見ることもできる。また、セザンヌへのオマージュとして、エクス=アン=プロヴァンスに噴水を建造する計画「セザンヌの泉」のプロジェクトのために、ルオーが制作した油彩画《セザンヌへのオマージュ(セザンヌの泉)》(1938)や、本作と関連するルオーの詩を仏文学者で詩人の岩切正一郎による翻訳も紹介されている。

第2章の展示風景より、右は《二人の娼婦〈表〉》(1906)
第2章の展示風景より、磁器のティーセットと《花瓶 水浴の女たち》(1909)
第2章の展示風景より、左は《セザンヌへのオマージュ(セザンヌの泉)》(1938)

 第3章「サーカスと裁判官―装飾的コンポジションの探求」では、ルオーが初期から晩年まで繰り返し追求した主題のひとつ、サーカスと裁判官にフォーカス。古賀によれば、ルオーは当時のフランスで流行っていた旅回りのサーカスや裁判の様子を見て、ふたつの舞台が非常に類似していると考えたという。「それらは、自身の装飾芸術の表現を探求していくうえでぴったりのテーマだった。初期は、裁判官に関しても、サーカスに関しても、人物の悲しみを粗いタッチで荒々しく、暗い表現で描いている作品が多い。しかし晩年に入ると、じょじょにその表現が和らいでいて、宗教味を帯びて温かみのある作品に変化していく」。

第3章の展示風景より、《小さな家族》(1933頃)
第3章の展示風景より、右は《法廷》(1909)

 第4章「二つの戦争―人間の苦悩と希望」では、ふたつの大戦を経験したルオーが制作した作品を通し、その作品における戦争の影響を考える。戦争による悲惨さや人間の愚かさ、キリスト教による救いや希望を描き出した第1次世界大戦中に制作された版画集『ミセレーレ』(1922-27)や、第2次世界大戦後に完成した《深き淵より》(1946)、ポンピドゥー・センター所蔵で日本初公開の《ホモ・ホミニ・ルプス(人は人にとりて狼なり)》(1944-48)、そして戦時の検閲が厳しいなかで刊行した書籍などが並んでおり、戦争の残酷さに関する直感的で衝撃的な印象を与える。

第4章の展示風景より、左の壁面は版画集『ミセレーレ』(1922-27)の展示
第4章の展示風景より、右は《ホモ・ホミニ・ルプス(人は人にとりて狼なり)》(1944-48)

 最後の章「旅路の果て―装飾的コンポジションへの到達」では、「ルオーの芸術表現の完成形」(古賀)と言える作品が展示。1930年頃より、ルオーの作品には明るい色彩と柔らかく安定感のあるフォルムが出現し始めた。後にその特色を強めていき、最後の10年間には色彩がますます輝きを増し、形体や色彩、マチエールが美しいハーモニーを奏でるような油彩画が数多く生まれた。

 本章では、幻想的な風景の中に聖なる人物を描き込んだ《大木のある風景》(1946頃)や、キリストをモチーフに平和で神秘的な情景が描かれた数々の大作を通し、ルオーが最晩年にたどり着いた「かたち、色、ハーモニー」の究極的な表現を楽しむことができる。

第5章の展示風景より、左は《大木のある風景》(1946頃)

 ルオーは画家だけでなく、作家としても数多くの著作を残した。本展のタイトル「かたち、色、ハーモニー」もこれらの著作に繰り返し用いられた言葉であり、著作から引用した一部のテキストも会場で紹介されている。国内外から集まったルオーの代表作を手がかりに、その芸術表現を通覧できる機会をお見逃しなく。