デザイン大国として知られる北欧の国・デンマーク。その代表的なデザイナーのひとりであるフィン・ユール(1912〜1989)は、美麗なイスをデザインしたことで知られている。
そんなフィン・ユールを中心に、デンマークで生まれた椅子をはじめとする家具デザインの歴史と変遷をたどりながら、その魅力を紹介する企画展「フィン・ユールとデンマークの椅子」が東京都美術館で開幕した。
フィン・ユールは1912年、コペンハーゲン近郊フレデリクスベアに生まれる。若い頃は美術史家を志していたが、父親の反対から王立芸術アカデミーで建築を学び、建物の設計やインテリアデザインに携わるなかで家具デザインを手がけた。1950 年代はアメリカへと活動の場を広げ、国連本部ビルの信託統治理事会議場のインテリアと家具デザインを手がけるなど、国際的にも名を広めていった。
本展は、「デンマークの椅子──そのデザインがはぐくまれた背景」「フィン・ユールの世界」「デンマーク・デザインを体験する」の3章構成。展示品の多くは、本展の学術協力者のひとりで椅子研究者である織田憲嗣(東海大学名誉教授)が研究資料として長年にわたり収集してきた20世紀の家具、日用品のコレクションによるものだ。
1930年代から60年代にかけて家具デザインの黄金期を迎えたデンマーク。第1章「デンマークの椅子」では、コーア・クリントやボーエ・モーエンセン、ハンス・J・ウェグナー、オーレ・ヴァンシャー、ポール・ケアホルムなどのデザイナーによる数々の椅子はもちろん、写真やドローイング、出版物、映像など様々な資料とともに、デンマークで家具デザインが発展した背景を紹介している。デンマークを代表する照明ブランド「ルイス・ポールセン」の照明の数々も展示空間にアクセントを与えている。
第2章「フィン・ユールの世界」は、フィン・ユールがデザインした椅子を中心にその生涯と活動を総覧するもの。
優雅な曲線を特徴とするフィン・ユールの椅子は、「彫刻のような椅子」とも評される。身体を抽象化したような有機的なフォルムは座って心地よいだけでなく、彫刻作品にも似たような静謐な存在感を放ち、建築や美術、あるいは日用品と濃密に響き合いながら、空間の調和を生み出す役割をも果たしている。
同章では、フィン・ユールによる初期の建築ドローイングに始まり、フォルムを探求した数々の椅子の代表作、量産向けにアレンジした椅子のデザイン、コペンハーゲンの北部に建てられた自邸の設計、ニューヨークにある国際連合本部で手かげたインテリアデザイン、スウェーデンのスカンジナヴィア航空の新しい旅客機の客室デザインなど、8つのセクションを通してフィン・ユールの活動の全貌をたどる。
また、本展の担当学芸員・小林明子(東京都美術館学芸員)によると、第2章では椅子や関連資料のほか、フィン・ユールが着想を得た彫刻や版画などの美術作品も「美術館ならではの展示として」紹介されている。こうした作品とフィン・ユールの家具との共鳴を味わうことができる。
第3章「デンマーク・デザインを体験する」では、来場者がデンマークの様々な椅子に実際に座り、そのデザインを体で味わうことのできる空間がつくられている。「椅子は、誰かが座ってはじめて完成する」というハンス・J・ウェグナーの言葉がある。フィン・ユールをはじめ、デンマークの優れたデザイナーたちの豊かな発想から生まれ、それぞれの個性を持つ椅子を体感してみてはいかがだろうか。
本展のもうひとりの学術協力者である多田羅景太(京都工芸繊維大学助教)は、本展の開幕に際して次のように語っている。
「最近は、これまでの消費社会から持続可能な社会への移行が求められている。デンマークのこうした家具が世代を超えて大切に使い続けられていることをいまの日本の皆様に知っていただき、今後につなげていけるような家具を少しでも味わっていただければ嬉しい」。