ライン河畔のドイツの町ケルンに、世界最大のゴシック建築であるケルン大聖堂に隣接し建てられているルートヴィヒ美術館。そのコレクションや芸術活動の礎になっているのが、市民のコレクターたちによる寄贈であることをご存知だろうか。
そんな寄贈に関わったコレクターたちに焦点を当て、同館の代表的なコレクションを紹介する展覧会「ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡—市民が創った珠玉のコレクション」が、東京・六本木の国立新美術館で開幕した。
ルートヴィヒ美術館は1986年に開館。ケルン市によって運営されている。館名に名を冠するルートヴィヒ夫妻が寄贈した、ヨーロッパ随一の優れたポップ・アートのコレクションやロシア・アヴァンギャルドの貴重な作品群、数多くのピカソの優品は、同館のコレクションの核を形成している。いっぽう、表現主義や新即物主義などドイツ近代美術の名品の多くは、ケルンの弁護士であるヨーゼフ・ハウプリヒのコレクションに由来する。
本展では、こうした代表的なコレクションに加え、グルーバー夫妻からの購入と寄贈をもとに成長した写真コレクションや、2000年代以降の作品など、計152点の作品が紹介されている。
展覧会は序章を含む8章構成。「ドイツ・モダニズム」「ロシア・アヴァンギャルド」「ピカソとその周辺」「シュルレアリスムから抽象へ」「ポップ・アートと日常のリアリティ」「前衛芸術の諸相」「拡張する美術」など、20世紀初頭から今日までの多様な表現をたんに年代順やムーブメントごとではなく、寄贈に関わったコレクターたちに焦点を当てながら時代の精神をたどっていく。
本展のために来日したルートヴィヒ美術館館長のイルマーズ・ズィヴィオーは、開幕前のギャラリートークで「当館コレクションのハイライトを東京でご覧いただけるのは、大変光栄なこと」だとしつつ、次のように述べている。
「学芸員の方々は、とても美しく、力強い展覧会をつくってくださいました。本展では、複数のメッセージを伝えようとしていますが、そのひとつはケルンの市民たちのコミットメント。彼らがどのように当館コレクションの形成に貢献したかということです」。
展覧会のハイライトのひとつは、本展カタログの表紙にも飾られたパブロ・ピカソの《アーティチョークを持つ女》(1941)。ズィヴィオー館長は、同作はピカソが戦争の悲惨さを訴える作品《ゲルニカ》をつくった1941年に描かれたもので、「ヨーロッパで戦争が起こっているいま、学芸員たちがこの作品を表紙に選んだことは、非常に現在的な行為」だとしている。
世界で3本の指に入るピカソのコレクションを持つルートヴィヒ美術館は、これまで同作を一度も他館に貸し出したことがなく、本展のためにアンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインらの優作とともに初めて日本で展示したという。
ウクライナ戦争の背景下、新たな見え方が生まれるこの作品。「美術手帖」の取材に対してズィヴィオー館長はこう話している。「おそらく日本の鑑賞者もそうだと思いますが、私たちは以前よりもこの作品の戦争の側面を見るようになり、より直接的な関係のようなものを感じています。それは、優れたアートにしばしばあることでしょう」。
本展の第2章では、社会主義の背景下に生まれた「ロシア・アヴァンギャルド」と呼ばれる芸術的な革新運動が紹介。ロシアのウクライナ侵攻により世界中に反ロシアの感情が高まる現在、ズィヴィオー館長は次のように述べている。
「芸術と文化は結合する力、そして非常に強い伝達力があります。ウクライナの人々がそうしなければならないかもしれないことは理解できますが、チャイコフスキーをもう演奏しない、チェーホフをもう読まないことは馬鹿げていること。それはとても複雑で、やってはいけないことだと思います」。
美術を愛する個人コレクターの寄贈・支援活動によって社会に接合する場として機能してきたルートヴィヒ美術館。本展で出品された作品は、美術館と市民との生きた交流の証と言っても過言ではない。本展を見たコレクターたちにどのようなことを感じてほしいかと尋ねると、ズィヴィオー館長は次のように答えた。
「ビッグコレクターだけでなく、一般の市民もアート施設を支援することができるということを覚えていただきたい。公的な機関を支援することで、人々がアートを理解し、誰もがアートにアクセスすることができるようになりますから。本展を通して、日本の鑑賞者たちが当館を興味深いモデルとしてとらえ、私たちみんなが国際的な文化の一部になることを信じてくれればと思います」。