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布で包まれたパリ・凱旋門。いまは亡きクリストとジャンヌ=クロードの夢が実現

1961年に故クリストとジャンヌ=クロードが構想した、パリのエトワール凱旋門を布で覆う計画「L’Arc de Triomphe, Wrapped(包まれた凱旋門)」が60年の時を経てついに完成。その一般公開が18日に始まった。

取材・文=長谷川香苗

クリストとジャンヌ=クロード L’Arc de Triomphe, Wrapped(包まれた凱旋門) 1961-2021 Photo by Lubri ©2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

「L’Arc de Triomphe, Wrapped」は布で覆われた凱旋門を9月18日から10月3日までの期間、誰もが自由に布で覆われた凱旋門を眺め、触れることのできる期間限定のアート。歴史的な建造物を布で覆い隠す、大がかりなアートプロジェクトで知られる故クリスト(ブルガリア出身、1935~2020)とジャンヌ=クロード(モロッコ出身、1935~2009)による作品だ。

クリストとジャンヌ=クロード L’Arc de Triomphe, Wrapped(包まれた凱旋門) 1961-2021 Photo by Benjamin Loyseau © 2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

 計画の始まりは1961年にまで遡る。生まれた日が同じというクリストとジャンヌ=クロードは1958年にパリで出会い、街の中に恒久的ではない、つかの間のアートを置く手法を編み出していく。2人の作品は、街の日常の光景をアートが置かれた期間だけ、非日常に変えることを可能にした。パリという都市に引かれて凱旋門そばにアトリエを借りていたクリストは窓から見える高さ50メートルの凱旋門の圧倒的な存在感に心を奪われ、1961年、このモニュメントを布で包んでみたいと夢みるようになる。ロープで包まれた凱旋門の姿を合成写真でシミュレーションし、1988年には、現在の完成図とほぼ一致する姿をコラージュで制作までしている。

クリストが1988年に制作した「Arc de Triumphe, Wrapped (Project for Paris)」のコラージュ Private collection Photo by André Grossmann ©1988 Christo and Jeanne-Claude Foundation

 歴史的建造物のラッピングを何度も計画してきた2人だが、凱旋門の存在はあまりに偉大だった。凱旋門の建造は1806年、フランス軍を称えるためのモニュメントとして、時の皇帝ナポレオン・ボナパルトの命によって始まった。その後、ルイ十八世、ルイ・フィリップと、その時々の為政者がその意思を受け継ぎ、1830年に完成。その後は第一次世界大戦で命を落とした無名兵士たちの記念碑となるなど、歴史が何層にも被さるフランス国民にとって特別なモニュメントだ。それゆえに、凱旋門を布で“隠す”ことなど、社会が受け入れるはずがないと、提案することすら考えなかったのだ。そんなプロジェクトが実現に向けて動き出したのは2017年。2人のパリでのプロジェクトを振り返る個展の企画を進めていたパリ・ポンピドゥーセンターがクリストにパリで新たに実現したいプロジェクトの提案を呼び掛けると、クリストは迷うことなく凱旋門を包むことを熱望した。

ドローイングを持つクリスト(2019) Photo by Wolfgang Volz © 2019 Christo and Jeanne-Claude Foundation

「風にたゆたい、光りを受け止める命を持ったオブジェになるでしょう。布の折り目が凱旋門のシルエットを官能的なものとし、人々は凱旋門に手を触れたくなるでしょう」。

 提案当時、クリストはこのように布で覆われた凱旋門を表現した。

 布で覆うことはクリストにとって特別な意味を持っていた。クリストにとっての布の意味について、1985年にポン・ヌフ橋を布で覆った際にクリストとジャンヌ=クロードともに働き、今回のプロジェクトのプレジデントを務めるローラ・マルタンは次のように語る。

「布は様々な意味をはらんでいます。布は、定住することなく、仮設の住まいを建てて、いつかまたいなくなる遊牧民をシンボリックに語ります。また、たゆたう布は中世からバロック時代に至る芸術家たちがその表情を表現しようと試みてきました。さらにクリストにとって布は身体に被せることでその身体のシルエットが際立つように、隠すことで存在を露わにするものでした」。それゆえに凱旋門を覆う布のドレープの入り方にもこだわった。

布の製造過程 Photo by Wolfgang Volz © 2020 Christo and Jeanne-Claude Foundation

 実現にあたっては、クリストが生前に残した設計プランをもとに、凱旋門を保護するために凱旋門の保護管理を担うフランス政府機関、フランス文化財センター(CMN)と共同で進められた。エトワール広場の上に建ち、四方からの風を受ける凱旋門は、表面に布が当たれば200年以上前に建てられた石の表面に多大なダメージを与えかねない。そのため、建物の表面に布が当ることを可能な限り防ぐため、建物から1メートルほど外側に突き出るかたちでスチールポールを張り巡らした。

凱旋門の彫像を保護するためのスチール柵が設置されていく様子 Photo by Wolfgang Volz © 2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

 また、壁面には、凱旋する英雄たちの姿の彫像が彫られている。布が触れることのないよう彫り込まれた彫像を囲むようにスチール柵がかけられた。こうして足場を組んだ後、9月12日からは2万5000平米に及ぶリサイクル可能なポリプロピレン製の布をクレーンで凱旋門の屋上に持ち上げ、垂らす作業と、布を固定させるために、同じくリサイクル可能なポリプロピレンの3000メートルの赤いロープで布を“縛る”作業に入った。

布を“縛る”スタッフたち Poto by Lubri © 2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

 ロープワーク工事の専門家らが凱旋門の屋上から布を下ろすなか、布が徐々に下り、日に日に凱旋門がその姿を隠していく様子を凱旋門広場に集まった多くの人たちが見守った。老若男女問わずこれほどの人が制作途中の様子を何時間も見つめ続けることはめったにないだろう。普段は工事現場で働く技術者たちの姿をずっと眺めていると、想像を超えた計画というものは、そのプロセスさえも壮大な計画を予見させる序章として、美しいものへと変えることを教えてくれる。

作業を見守る人々 Photo by Benjamin Loyseau © 2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

 18日の完成を目前に控えて開かれた記者会見の場で、長年、クリストとジャン=クロードのラッピングプロジェクトのディレクターを務め、2人の甥であるウラジミール・ヤヴァチェフは次のように語った。

「クリストとジャンヌ=クロードの悲願の夢であった『L’Arc de Triomphe, Wrapped』が立ち現れます。これまでは『L’Arc de Triomphe, Wrapped』プロジェクトでしたが、これからはプロジェクトの文字が消えることになります。クリストは計画と、実現した作品とを区別することにこだわっていました」。

 どんなに美しい夢でも、それを実現させて初めてアートと呼べるということなのかもしれない。続けて作品に込めた想いを記者会見の場で次のように語った。

「包まれた凱旋門の布には誰もが自由に触れることができるのです。アートの体験が、誰にも平等に開かれていることは2人の活動の根幹をなすものなのですから」。

完成した「L'Arc de Triomphe, Wrapped, Paris」(1961-2021) Photo by Wolfgang Volz © 2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

 布をまとった凱旋門の姿が公開される10月3日までの週末はエトワール広場の周りの車両交通が完全に止められ、歩行者天国になる。いままでにない角度から凱旋門を見ることができるはずだ。パリ市のこの英断に感服する。

 布で覆われた凱旋門を眺めていると、巨大な芸術作品の贈り物が梱包されてどこかから届いたようにも思える。もとは2020年4月の完成を計画していたが、新型コロナウィルスの感染拡大の影響でプロジェクトの実現は2021年9月に延期された。当初通りに計画が進んでいたら、2020年5月に他界したクリストとともに完成を目にすることができたと思うと言葉を失う。それでも、クリスト、そしてジャンヌ=クロード亡きあと、求心力が失われることなく、2人の60年来の夢が徐々に立ち現れる様を目の当たりにして心震える気持ちだった。

完成した「L'Arc de Triomphe, Wrapped, Paris」(1961-2021) Photo by Wolfgang Volz © 2021 Christo and Jeanne-Claude Foundation

編集部

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