落合陽一ら29組がアートで持続可能性を探る。「北九州未来創造芸術祭 ART for SDGs」が開幕
アートによって持続可能性を表現する芸術祭「北九州未来創造芸術祭 ART for SDGs 真のゆたかさのために」が開幕した。その見どころをレポートでお届けする。会期は5月9日まで(北九州市立美術館の展示は7月11日まで、北九州市立いのちのたび博物館の展示は5月30日まで延長)。
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日本・中国・韓国の文化大臣会合での合意に基づき、北九州市は文化芸術による発展を目指す「2020-21年 東アジア文化都市」に選定された。また、高度成長期には経済を支えた八幡製鉄所がフル稼働したことで公害を生み出したが、そこから女性たちを中心に環境問題を訴える市民運動が巻き起こり、やがて環境汚染から回復。現在は「SDGs戦略」を明確に打ち出していることも評価され、経済協力開発機構(OECD)によってアジア初のSDGsモデル都市に認定された。そうした背景を踏まえ、森美術館の前館長で数々の芸術祭の企画運営に携わる南條史生をディレクターに迎えて企画が進められた。
会場のひとつ、北九州市立美術館の「多様性への道」とタイトルがついた展示には、障がい者によるアート、障がい者のためのファッション、高齢社会の問題、人種、ジェンダー問題などをテーマに18組のアーティストが参加。障害とともに生きる人の衣服をオートクチュールで制作し続けるプロジェクト「服は着る薬(鶴丸礼子アトリエ)」では、主宰の鶴丸が視覚に障がいを持つ人などに制作指導を行い表現をサポートするなど、服づくりを超えた活動を展開している。
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そのほかにも、生後7ヶ月で聴力を失い、身体表現に音や照明、手話を組み合わせて広島と長崎の原爆被爆者の声をパフォーマンスに置き換えて表現する南村千里、独居老人への弁当配達員の仕事を続けながら、彼らのありのままの日常を撮影した「弁当 is Ready」シリーズがKYOTOGRAPHIEでも高く評価された福島あつし、2018年に脳梗塞に倒れ、後遺症が残るなかリハビリに励みながら制作を続けるストリートアーティストでスケーターでもあるBABUなど、背景も表現メディアも異なる作品が集結。制度や個人の許容力が高まれば、そこには発言や表現も多様で豊かな社会が生まれるはずだと感じさせる展示だ。
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東田地区へ移動する。かつて八幡製鉄所が稼働していた土地であり、現在は文化都市を目指して複数のミュージアムやギャラリーが並ぶミュージアムパークへと生まれ変わっているエリアだ。北九州市立いのちのたび博物館で開催されているのは、落合陽一の個展「環世界の遠近法 —時間と空間、計算機自然と芸術—」。コンピューターと自然の間の隔たりのない関係性を探求してきた落合は、北九州の自然史と社会史を網羅する博物館の収蔵資料を徹底的にリサーチした。
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「生物のDNAも神経系もデジタルであり、生物とコンピューターの違いなんてケイ素でできているかタンパク質でできているかの違いしかない」と話す落合は、アンモナイトなど古代生物の化石や、4000年前の人工物である銅鐸などを1億ピクセル以上の高解像度で撮影。画像を拡大出力して巨大な写真作品として展示するほか、ポジフィルムに収めて小さな点光源から直接光をあてて拡大投影するインスタレーションや、コビレゴンドウの骨格標本にモルフォチョウなどの映像プロジェクションを組み合わせた作品など、同館が所蔵する資料を最大限に活用し、装置をオリジナルで制作したインスタレーションによって展示室を満たした。
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北九州市立いのちのたび博物館には、中国の彫刻家ジャン・ワンの作品《Artificial Rock》も展示されている。中国宋代より始まった、庭園で奇岩を愛でるという風習を現代に引き写すべく、実在する奇岩をステンレス・スチール製の立体に置き換えた彫刻作品だ。
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ミュージアムパーク内には、3名の作家による野外作品が展示されている。北九州市の藍島の浜辺で地域の人々と漂着物を拾い集め、大型絶滅動物であるドードーとフクロオオカミの彫刻を制作した淀川テクニックはこう語る。
「自分たちの種が別の種に滅ぼされると考えると、怖いし脅威だと思うんですが、まさに滅ぼされてしまった動物を思い出すというか、それをかたちにしてみようと思いました。漂流物という、どちらかというと後ろ暗い素材を組み合わせて制作しました」。
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半透明で虹彩に輝くバルーンを芝生の上に設置したのが奥中章人。自分たちは何でできているのか、様々なものや現象と人間との関係性を視覚化しようと作品制作を続けてきたと話す。
「僕たちと空気って似た性質を持っているなと思って、たとえば暖かくなったら僕たちの気持ちが晴れやかになるように、空気も暖かくなると上昇します。逆に低気圧で僕たちも鬱になるように、僕たちの心や社会の関係性と、大気が流れていく力ってものすごく近しいんじゃないかと最近考えるようになり、空気を素材に彫刻をつくりました」。
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もう1名が、土地に生える薬草で人型のハーブ畑=メディカルハーブマンを各地で手掛け、採取したハーブでハーブティーを提供するカフェを運営し、旅を続ける団塚栄喜だ。
「公園のあちこちから薬草を採取して、少しずつ植えて2ヶ月半ほどかけて薬草畑がここまで成長しました。ハーブマンというのは旅人で、トランクを携えて日本中を行脚しています。各地で採れた薬草を薬草茶にして、そのなかで飲むことができます。健康を意識したり味わいながら、体験を通して自然と人の関係をもう一度見つめ直そうというプロジェクトです。自然に内包されて生きているありがたみを伝えるために、ハーブマンはここに無言で横たわっているのです」。
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北九州の公害の歴史を振り返るなど、環境・社会史を紹介する北九州市環境ミュージアムでは、6〜15歳の小中学生を集め、「マチツクリ」を演劇形式で体験するワークショップを実施する3名による展示が行われている。そして、近くのスペースワールド駅に向かうと、チェ・ジョンファによるバルーン彫刻のライトが明滅を繰り返している。
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北九州イノベーションギャラリーでは、和田永のパフォーマンスが行われた。ブラウン管テレビなど旧式の電化製品に現代のテクノロジーを搭載し、新たな楽器として蘇らせるメディアアーティストが今回注目したのは、バーコードリーダーだ。
「ブラウン管には映像と音の端子があるんですが、あるときそれぞれを逆の端子に差し間違えたんですね。そうすると、音を間違えて映像にする、ということが起こったわけですが、何が映像として映されたかというと、縞模様だったんですね。音を映像として無理やり見ると縞模様になるんだ、ということは、縞模様から音も出るんじゃないかと考えて実験を繰り返すうちに、ブラウン管の縞模様から発生する静電気が音となり、また、レジで使われるバーコードリーダーが読み取る電子信号をスピーカーにつなぐと、そこから音が出てくることがわかりました」。
そこからパフォーマンスを企画した。和田はバーコードリーダーで、小倉織という地元の染織技術でつくられる縞模様を読み取って音を生み出す仕組みを完成させた。さらには、地元のスケーターたちに協力してもらい、バーコードリーダーを仕込んだスケートボードで床面の模様を読み取って音楽にする《BARCODE-PARK》をつくった。
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慶應義塾大学SFC田中浩也研究室とMETACITYによる協働プロジェクトでは、大型3Dプリンターを用いて「人新世」の時代の社会彫刻のあり方を提示する作品がイノベーションギャラリーの中庭に展示された。森の深部から採取してきた土壌成分の一部を読み取り、そのデータから3Dプリンターを用いて赤玉土と鋤柄からなる巨大な「器」を制作。9種類の異なる苔を貼り付けて、温度・湿度・CO2・空気の汚れなどを自律的に調節するよう設計した《Bio Sculpture》だ。
「この器で、採取してきた土壌が活性化し、そこに宿っている目に見えない森の生態系が、新たな姿を伴って顕在化したとき、本作は真の意味で完成となるでしょう」とグループはコメントを残しているのだが、いずれギャラリー裏手の芝生にこの作品が移植され、人々の憩いの場として機能するようになる見込みだ。
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取材を行った開幕前日の夜、北九州の製鉄業の歴史を象徴する東田第一高炉跡で、巨大なライト・アート・インスタレーションの点灯式が行われた。手がけたのは、パリと東京を拠点とする照明デザイナーの石井リーサ明理。水素エネルギーを使った最新技術で照明電源を確保し、製鉄の歴史から環境汚染からの回復、さらには持続可能な多様な価値の共存を目指す未来までを5分間の光のドラマに表現する。
日本の高度成長と環境汚染という表裏一体の現象の渦中にあった北九州。市民運動によって汚染からの回復に取り組み、さらには「北九州市SDGs未来都市」としてビジョンを提示することでSDGs達成に向けて先陣を切る。この土地で、このテーマでアートが展開したことはとても意義深い。いま我々が環境問題・社会問題の解決に手をつけなければ、自分たちの子どもやさらにその子どちたちの世代が快適に暮らせる世界を残すことはできない。各会場に展示された魅力的な作品の数々が、未来の可能性と抱くべき危機意識とを同時に提示してくる。
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