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アートを通じて「日常」を見つめ直す。金沢21世紀美術館で「日常のあわい」が開幕

3度目の緊急事態宣言が発令されるなか、金沢21世紀美術館では大きく揺らぐ「日常」をテーマとして企画展「日常のあわい」がスタートした。会期は9月26日まで。

展示風景より、岩崎貴宏《リフレクション・モデル(テセウスの船)》(2017 / 2021)、《アウト・オブ・ディスオーダー(誰が袖)》(2021)

 2020年3月にWHOによって新型コロナウイルスの「パンデミック」が宣言されて以降、日常生活は大きな変化を余儀なくされた。折しも、3度目となる緊急事態宣言が発令されるなか、金沢21世紀美術館では今年度最初の特別展として、「日常のあわい」と題した展覧会が幕を開けた。会期は9月26日まで。

展示風景より、下道基行《ははのふた》(2012-、部分)

 本展のテーマはそのタイトルが示す通り、「日常」と「非日常」のあわいにある「現在(いま)」だ。新型コロナはもちろんのこと、今年は東日本大震災から10年を迎える。そうした状況において、私たちは「日常」とは一体なんなのかということに意識を向け、「日常」の定義すら問い直さざるをえない。

 本展に並ぶのは、そうした「日常」について、意識しないと見過ごしてしまう生活のなかのささやかな創造行為に着目した作品や、突然の喪失や災害に向き合う心の機微をとらえた作品、そしてかたちを変えて続いていく日常をあらわにする作品の数々だ。参加作家は、青木陵子+伊藤存、岩崎貴宏、小森はるか+瀬尾夏美、小山田徹+小山田香月、下道基行、髙田安規子・政子、竹村京の7組11名。

 館長就任後初の展覧会となった長谷川祐子は、開幕に際して「日常を見直すとき。人間中心の営みが自然を大きく変えてしまった。いまは未来への支度をする時期。ひとつひとつの部屋の物語を、味わうように楽しんでもらいたい」と訴える。

 また、展覧会を企画した同館学芸員の山下樹里は、「日常生活が危うく、日常と非日常の境目がはっきりしないなかで、そのあわいを見つめ直す機会となれば」と話す。

 会場は1作家につき1部屋が与えられた。冒頭の展示は下道基行だ。下道は戦争の遺構や街なかの細い水路など、日常のなかで埋もれているものに着目し、リサーチを重ね、それを写真や映像、文章などで発表してきた。本展では、2012年に結婚した際に妻の実家で発見したものが題材の《ははのふた》(2012-)を展示。同作は、ティーポットなどに様々もので蓋をするという義母の習慣を2年半撮影し続けた記録だ。「蓋ではなないものを蓋に使い、バランス悪く共存している様子が当時の自分の新生活とタブって見えた」と話す下道。どこの家庭もありそうな光景だが、それは「とてもプリミティブな行為なのではないか」と話す。

展示風景より、下道基行《ははのふた》(2012-、部分)

 双子の姉妹によるアーティストユニットの髙田安規子・政子は、暮らしのなかにある日用品や衣服などに刺繍や彫りを加えることで、スケールがまったく異なるモチーフや風景を生み出してきた。

 「当たり前の日常をコロナが変えてしまった。いま感じていることを落とし込もうと考えた」というふたり。展示室には極小から実寸まで、サイズが異なる63脚の椅子が隙間なく並んでいる。この《Out of Scale》(2021)は、「ソーシャルディスタンスの保ちかたに違和感を感じ、物の認識や価値観が変わったことから着想した」と話す。

髙田安規子・政子の展示室より

 コロナにおける身体的な感覚にズレを感じさせる作品があるいっぽうで、展示室の構造を巧みに利用し小窓や扉は、「コロナ禍で外出できない状況と、それでも失われない外の世界とのつながり」を提示している。

髙田安規子・政子の展示室より

 本展のなかでも異彩を放つのが小山田徹+小山田香月の作品群だ。大学在学中に結成した「ダムタイプ」で1984年から2000年まで活動してきた小山田徹は、そのいっぽうで人々が集い対話する共有空間を開発してきた。本展では、娘の香月から出るアイデアをもとに、3年間つくり続けた弁当の記録を一連の作品《お父ちゃん弁当》(2017)として展示した。「アートとして出すつもりはなかったが、生活のヒントになれば。これは家族の大きな記憶でもある」。

展示風景より、小山田徹+小山田香月《お父ちゃん弁当》(2017、部分)

 東日本大震災を機に、アーティストユニットとしての活動を開始した小森はるか+瀬尾夏美。本展では、「震災後、オリンピック前」と「コロナ禍」における東京の若者たちのリアルな声をとらえた映像と、瀬尾の言葉と絵、そしてコロナ禍の年表で構成される大規模なインスタレーション《みえる世界がちいさくなった》(2019-2021)を発表した。コロナ以前の「日常」から、コロナ後の「非日常」へと移り変わる様子が克明に記録された展示だ。

展示風景より、小森はるか+瀬尾夏美《みえる世界がちいさくなった》(2019-2021、部分)

 歴史的建造物や鉄塔、クレーンなどのスケールを縮小し、質感や強度の異なる素材へと置き換えることで、見る者の認識を揺さぶるような作品で知られる岩崎貴宏は、本展のハイライトとも言える存在感を示す。

 円形の展示室の中心には、岩崎がかつてヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館で出品した《リフレクション・モデル(テセウスの船)》(2017 / 2021)が佇んでいる。台風18~19号で被災した厳島神社の実像と鏡像を檜材で組み上げたこの作品。それは、変化を受け入れながらも続いていく日常の風景を示している。なお今回は、ヴェネチア・ビエンナーレでは実現できなかったフルバージョンでの展示となっている。

展示風景より、岩崎貴宏《リフレクション・モデル(テセウスの船)》(2017 / 2021)
展示風景より、岩崎貴宏《リフレクション・モデル(テセウスの船)》(2017 / 2021、部分)

 いっぽうで岩崎はコロナ禍の状況を取り込んだ新作も発表した。それが《アウト・オブ・ディスオーダー(誰が袖)》と《テクトニック・モデル》(ともに2021)だ。

 衣類や布から糸をほぐし、鉄塔をつくる「アウト・オブ・ディスオーダー」シリーズのひとつである《アウト・オブ・ディスオーダー(誰が袖)》は、衣桁に掛けられた衣装などを描く日本古来の「誰袖図屏風」から着想されたもの。成人式という晴れの儀式がコロナ禍によって中止となった日常風景を示唆している。

展示風景より、岩崎貴宏《アウト・オブ・ディスオーダー(誰が袖)》(2021、部分)
展示風景より、岩崎貴宏《アウト・オブ・ディスオーダー(誰が袖)》(2021、部分)

 いっぽうの《テクトニック・モデル》は、壊すことも建てることもできるクレーンによって、都市風景の移り変わりを表す。素材にはコロナ禍で脚光を浴びる『方丈記』や『ペスト』などの本が使われていることにも注目だ。

展示風景より、岩崎貴宏《テクトニック・モデル》(2021、部分)

 コロナ禍によって、美術館という空間すら「日常」から追いやられることもあるいまだからこそ、本展の作品群を通じて、日常の営みとは何かを考え直したい。

青木陵子+伊藤存の展示室より
竹村京の展示室より

編集部

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