「風景にノイズを起こす」をテーマに、日本各地で展覧会やイベントを開催している高須咲恵、松下徹、西広太志によるアートコレクティブ・SIDE CORE(サイドコア)。そのSIDE COREがともに活動する匿名アーティストグループEVERYDAY HOLIDAY SQUAD(エブリデイ・ホリデイ・スクワッド)をディレクションした個展「under pressure」が、青森公立大学 国際芸術センター青森(ACAC)で始まった。企画は慶野結香(ACAC・学芸員)で、会期は6月27日まで。
今回の作品は、すべてアーティスト・イン・レジデンスプログラムを中心とするアートセンターである、ACACで滞在制作されたものだ。今回、青森県と津軽海峡を隔てた北海道を結ぶ青函トンネルに着目したSIDE COREは、トンネルの青森側の入口である竜飛岬をリサーチ。かつて、トンネル掘削のための作業基地があったこの場所は、工事の全盛期には3000人を超える人々が住みながら作業に従事しており、団地や、工事関係者の子供たちが通う学校施設が存在したりと町を形成していた。人々が去った現在でも、工事の際に出た土砂で埋め立てた土地が存在していたりと、過去と現在ではまったく違なる風景が広がっている。こうした土地の持つ磁場から、今回の展覧会がつくられていった。
展示は、半地下のように見えるACACの「Gallery A」を中心に展開された。展示室入口の自動ドアの上部に制作された《monotone sunset》(2021)は、トンネル内の照明として使用されているナトリウムランプを使った作品だ。LEDランプが登場するまで、消費電力が低く、排ガスの煙の中でも視認性が高いことから使われていたオレンジ色のナトリウムランプ。トンネルという施設を象徴していた色が、入口で来場者を迎える。
細長く弧を描くような形状の奥行きのある展示空間も、トンネルのイメージを喚起させる。この空間には展覧会のメインとして位置づけられる、3つの巨大な構造物からなる作品《towering wind》(2021)が鎮座している。
作品はそれぞれ「figure(人間)」「gate(門)」「wall(壁)」と名づけられており、業務用の巨大なファンを積み上げて構築されている。ファンはプログラミングによって数分に一度回転し、響き渡る音とともに空間の空気を押し出すように送風を始める
同作の着想源のひとつが、トンネル建設で用いられる、トンネル内に空気を送り込み、空気圧をあげることで内部の崩落を防ぐ工法だが、同時に新型コロナウイルスによって、室内の空気の入れ替えが積極的に求められる時事的な問題とも連関している。また、同作のビジュアルは、レゲエにおいてスピーカーを積み上げ組み合わせて独自の音を競う、「サウンドシステム」と呼ばれる文化からもインスピレーションを受けている。
《towering wind》の巨大な構造物のあいだを縫うように、壁面に展示されている一連の作品群は《must go to the mountain》(2021)と名づけられている。計4点からなるこの作品は、竜飛岬とその地下の青函トンネルをモチーフとした「tappi」2点と、そして福島と山形の県境にある栗子隧道をモチーフとした「kuriko」2点に大きく分けられる。
「tappi」の2つは、それぞれ竜飛岬の地下を通る青函トンネルに降りるための竜飛斜坑線の写真と、竜飛岬にある古い岩のトンネルの写真が使用されている。前者には鎖が、後者にはスコップがコラージュされており、人間が使う「道具」を見せることで、巨大な土木プロジェクトの担い手が生身の人間の集合であることを意識させる。
「kuriko」の題材となっているのは、明治時代の内務省官僚である三島通庸が日本海側と太平洋側をつなぐ要所として建設を推進したトンネル「栗子隧道」だ。現在は廃トンネルとなり、冬には染み出した湧き水で氷柱ができることで知られている。その写真に青森の建設業者から提供された工事看板や、雪深い土地を象徴する紅白のスノーポールなどをコラージュすることで、東北の近代の開発史を平面上に凝縮した。
「Gallery A」の最奥で上映されている映像《looking for flying dragon》(2021)は、展示初日の前日まで撮影を行っていた作品だ。新型コロナウイルス以降に飲食店の日常となった、飛沫感染を防ぐ仕切りのアクリル板も映像の素材に使用。竜飛岬の風景にアクリル板を重ねてドローイングすることで、景色への介入を試みている。
個展についてサイドコアの松下徹は次のように語った。「『under pressure』というタイトルは、新型コロナウイルスによる社会的な『圧』を下敷きにしつつ、青函トンネルという大型の公共事業をテーマとしたものだ。青函トンネルは完成後も毎分20トンもの湧き水が出ており、それを処理し続けている。維持するためには水を排出し続けなければいけないという構造は、環境の一部として巨大建造物を循環させ続けなければならないということを教えてくれる。これは、老朽化により公共インフラの維持が難しくなり循環の不全が起こっている問題や、空気感染する新型コロナウイルスに空気の循環が求められるといった問題にもつながっている。こうした要素が混じりあい、今回の展覧会が生まれた」。
松下の言うコロナ禍との接続は、「Gallery B」の展示によって、その輪郭がよりはっきりとする。ここではSIDE COREの過去作品である映像《empty spring》(2020)と、ネオン管を使った《意味のない徹夜》(2019)が展示されている。
《empty spring》は、昨年4月からの緊急事態宣言中の渋谷を舞台とした作品だ。誰もいない渋谷の街で、ゴミ箱やほうき、タバコの吸殻などが自然に動き出すこの作品は、緊急事態宣言中のいまも様々なメッセージを観覧者に伝えるだろう。
また、《意味のない徹夜》は2020年に予定されていた東京オリンピックの為の再開発をテーマとした作品だ。道路工事の現場にあるネオン管の標識が延々と動き続ける様子は、新型コロナへの感染拡大が続くなか、なおオリンピック開催を目指して準備を続ける現在の東京を想起させる。
ACACでは、ほかにもSIDE COREやEVERYDAY HOLIDAY SQUAD(EHS)が潜伏させたいくつものアートを見ることができる。同館の中心に位置する人工池の中心には、青森県の名産をあしらった、県下で多く見られるりんごをかたどったガードレールが立っており、また、EHSのメンバーによるサインも、美術館壁面や看板などアートセンター内の様々なところで見られる。
新型コロナウイルスという未曾有の社会変化の最中、青函トンネルという巨大公共事業からヒントを得ることで完成したこの展覧会。土地の歴史を見つめながらも、日々生きるうえでぶつかる問題までをも作品に落とし込んだそのダイナミズムを、ぜひ現地で体感してほしい。