スイスを拠点に国際的に活躍する現代アーティスト、ピピロッティ・リスト。その日本国内の美術館では13年ぶりとなる大規模個展「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island-あなたの眼はわたしの島-」が、京都国立近代美術館で開幕した。
リストは、五感を刺激する音楽と、鮮やかに彩られた世界を切りとった映像によるヴィデオ・インスタレーションで知られているアーティスト。活動初期から一貫して人間の目を「血の通ったカメラ」と呼び、身体的リアリティを映像のテクノロジーに結びつけることにより、映像作品の可能性を拡張したマルチメディア・インスタレーションを30年以上にわたって取り組んできた。
本展は、身体、女性、自然、エコロジーをテーマにしたリストの初期作から最新作まで約40点で構成。リスト自身が付けたタイトル「Your Eye Is My Island-あなたの眼はわたしの島-」には、その制作活動における重要なテーマである「眼」と、島国である日本を指す「島」への思いが込められている。また、顔にある円形の眼はまるで海に浮かぶ島のようだ、という比喩として読み解くこともできる。
2階の階段の側にあるスペースでは、デビュー作《わたしはそんなに欲しがりの女の子じゃない》(1986)をはじめ、リストが1980年代から90年代前半にかけて制作したカラーの短編ヴィデオを展示。これらの初期作品では、リスト自身が出演・撮影・編集を担当し、女性の身体に焦点を当てたものが多くあり、鮮やかな色遣いで音楽と映像を融合させた独自の世界観を提示している。
3階の企画展示室に入って右手側に進むと、リストが1997年のヴェネチア・ビエンナーレで若手作家賞プレミオ2000を受賞した《永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に》(1997)が展示。ひとつの壁に水色のワンピースを身につけた女性が花の形をしたハンマーで車の窓ガラスを叩き割って様子が描画され、もうひとつの壁に赤い花の映像が映しだされた本作は1990年代末以降、フェミニズムの記念碑的作品として数多くの展覧会に出品され、リスト特有のユーモアがあふれる。
次の展示室では、天井から水平に吊るされた雲のようなかたちのスクリーンと、床にはランダムに置かれたベッドによって構成された《4階から穏やかさへ向かって》(2016)が大きな存在感を放つ。スクリーンには水中で撮影された断片的な映像が投影されており、鑑賞者はベッドに横たわって心身ともにリラックスした状態で作品を鑑賞することで、まるで水中にいるかのような錯覚に陥る。
美術館におけるタブーや既成概念を再考することを促す作品は、本展の大きな特徴のひとつだ。リストはリビングルームを再現したような展示を「アパートメント・インスタレーション」と呼び、展示空間に食卓やソファ、ベッド、照明器具など実際の家具を配置し、様々な表面にイメージを投影する。
本展の最後の展示室はこのようなひとつのアパートメント・インスタレーションとなっており、鑑賞者はソファやベッドに体をもたせ、作品のなかに没入して体験することが促されている。作品のなかを歩き回る鑑賞者の体がスクリーンとなり、身体の介入によって映像が無限に変化していく。
また本展では、京都国立近代美術館の収蔵品から十五代樂吉左衞門の茶碗と、日系アメリカ人のアーティスト、タカエズ・トシコの陶芸作品に映像を投影するコラボレーション作品も展示。静止したオブジェにイメージの動きを与えることで、新しい生命が吹き込まれる。
展覧会の開幕に先立ち、リストはZoomを通じて次のように語った。「今回の展覧会で我々が提案しているのが、鑑賞者たちにこの場で色々なボディポジションをとって作品を体験してもらうことです。また、映画館のように皆が同じ方向に向かって同じものを見るということとは異なり、鑑賞者同士がアクターのようにステージに立って演じているようなことをお互いに見て体験してほしいです」。
ヴィデオ・インスタレーションの先駆者であり、女性、自然、身体など様々なテーマを取り上げているリスト。身体を解放し、その作品世界に入り込みたい。