京都市京セラ美術館の新館「東山キューブ」で、美術批評家・椹木野衣を監修に迎え、展覧会「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989-2019」が開幕した。会期は2021年1月23日~4月11日。
本展は平成の美術を14のアーティストグループによって紹介。各グループを「1989-2001」(バブル経済の崩壊からアメリカ同時多発テロまで)「2001-2011」(アメリカ同時多発テロから東日本大震災まで)「2011-2019」(東日本大震災から令和改元まで)の3つの時代に分けて紹介するいっぽうで、展覧会自体は自由な順番で観覧できる構成となっている。
椹木は平成を「自然災害や経済危機、そして多くの象徴的な事件や事故が多発した時代」ととらえる。そのうえで、バブル経済の崩壊と東日本大震災や福島第一原子力発電所事故を念頭に、「うたかた(バブル)」と「瓦礫(デブリ)」を掛け合わせ、展覧会タイトルを「うたかたと瓦礫(デブリ)」と名づけた。
展示室入口では、そびえ立つ壁一面に書かれた巨大な年表「年表『平成の壁』」が来場者を迎える。これはグラフィック・デザイナーの松本弦人がデザインしたもので、社会的事件や経済的事象、自然災害を経ながら、平成という時代の美術がどのような変遷をたどってきたかをまとめたものだ。
1989年にベルリンの壁が崩壊して以降、グローバリズムが進み、交易が活発化して、人、金、物、情報が行き交う、「壁のない時代」だったともいえる平成。しかしながら同展は、この年表以外にも紹介されるグループごとに「壁」を使って展示。椹木は「平成の時代にそれぞれの集団が向き合った『壁』があり、また令和の現在に残ってしまった『壁』の存在もある。会場にはあえて壁を設置した」と語る。
「年表『平成の壁』」の向かいで3つのモニターにより紹介されているのが。「2001-2011」に区分される「GEISAI」の紹介だ。これは、村上隆率いるカイカイキキが主催した、日本の美術大学の学園祭を由来とする大規模プロジェクトで、2001年〜2014年のあいだに延べ1万人以上のアーティストが出展した。
3つのモニターでは、「GEISAI」の前身となった2001年の「芸術道場GP」、ITバブルに沸いた2008年に開催された過去最大規模の「GEISAI#11」、そしてリーマンショックの余波で規模を縮小した「GEISAI#13」の、3つの回の記録画像のスライドショーが上映されている。各映像からは参加者たちの熱量が感じられるが、同時に、年表に記された社会的な状況の変化が、GEISAIに影響を及ぼしていたことも理解できるだろう。
「1989-2001」
「1989-2001」の分類で紹介されるのが、Complesso Plastico、IDEAL COPY、DIVINA COMMEDIA、そして飴屋法水を中心としたアートユニット、テクノクラートの活動だ。
Complesso Plasticoは平野治朗と松蔭浩之が大阪芸術大学在学中に1987年に結成したユニットで、95年まで活動した。代表作である《Love and Gold》や《Everybody knows NEW LIFE》(ともに1988-90)などを、映像や音響インスタレーションに再構築した《C+P 2020》(2020)が展示され、90年代初等の美術の潮流をいまに伝える。
91年に京都市立芸術大学で学んだ砥綿正之と松本泰章を中心に活動を開始したDIVINA COMMEDIA。ダンテの叙事詩『神曲』に描かれた「死への過程」を疑似体験される装置として考案された《DIVINA COMMEDIA》(1991)を追体験するインスタレーションが展示される。10トンのゼリーの上に防護服を着て横たわり、ストロボと電子音楽にさらされるというこの企画を、映像で感じることができる。
88年より活動する匿名のアートユニット・IDEAL COPYは、会場入口手前に《Channel: Peace Cards》(1990/2020)を、会場内では《Channel: Exchange》(1993-)を展示。前者は同じマーク・同じ数字のトランプ52枚のスライドがプロジェクターで投影される作品、後者は世界中の硬貨の重さを計り価値のないオリジナルのコインに両替する作品だ。いずれも勝敗や貨幣にまつわる既存の価値観を問い直すもので、グローバル化する社会に対する鋭い批評性を持つ。
飴屋法水を中心に96年まで発表活動を続けたテクノクラートは、テクノクラートの記録映像、資料、作品パーツを編集・構成した《Dutch Lives》(2020)を展示。床に無造作に置かれたように構成されたブラウン管では、初個展「WAR BAR」の展示風景や、菌類や体液を用いたパフォーマンス・展示シリーズ「Dutch LIfe」の記録映像が上映される。また、いっぽうの壁には《公衆精子計画》、もういっぽうには《動物堂》や《丸いジャングル》といった作品の資料が展示され、つねに身体性を意識しながら、情報の交換可能性を解い続けたその活動を伝える。
2001-2011
アメリカ同時多発テロ以降の動きをとらえた「2001-2011」のくくりでは、GEISAI以外にも、Chim↑Pomやcontact Gonzo、「東北画は可能か?」、DOMMUNEといった集団が紹介されている。
2020年に開催予定だったオリンピック・パラリンピックを控えて再開発が続いていた10年代の東京を象徴する作品として、Chim↑Pomの《SUPER RAT -Scrap and Build》(2017)や《ビルバーガー》(2018)を展示。特に後者は、新宿・歌舞伎町で行われた「にんげんレストラン」の会場となったビルの3層分が切り出され、コンクリート床のバンズにビルの残置物が挟まれた作品で、東京の「瓦礫(デブリ)」の記憶を呼び覚まし、京都で可視化するという機能が強調されている。
オレンジと青の配色が目を引く壁面の内部で展示されるcontact Gonzoの映像作品《Sheltres》(2009/2021)。フィンランドの首都、ヘルシンキの核シェルターのなかで「コンタクト・ゴンゾ」と名づけた身体表現のパフォーマンスを実施し、さらに北極圏の森でキャンプ生活を行う様子を撮影した映像作品だ。また、壁面で展示される《ヘルシンキにて》(2008/2021)は、使い捨てカメラで無作為に撮影するメソッド「the first man narrative」シリーズの写真コラージュを、初めてまとめて展示したものとなっている。
「東北画は可能か?」は、明治期に創案された「日本画」という概念に対する批評的な態度として、東北芸術工科大学で教鞭をとる日本画家・三瀬夏之介と生徒たちにより開始されたプロジェクトだ。東日本大震災をまたいで変化していったプロジェクトを、集団制作による絵画や、資料、東北の伝統的な防寒着「ドンジャ」の巨大な立体作品《しきおり絵詞》(2013〜)などを通して追う。
宇川直宏によるライブストリーミングスタジオ、DOMMUNEの《THE 100 JAPANESE CONTEMPORARY ARTISTS》。これは、宇川が日本の代表的な現代美術作家100人を選出してインタビュー映像を配信し、それを作家の作品展示とともにアーカイヴを蓄積していくプロジェクトだ。会場ではシーズン6の動画を各回ごとに視聴できるようになっており、展示されているアーティストもふくめて、それぞれの半生と仕事をひもとくことができる。
なお、「2001-2011」のなかでは、カオス*ラウンジが2010年に発表した《カオス・ラウンジ宣言2010》も資料展示というかたちで紹介されている。デジタイルネイティブ世代の決意と読み取れる宣言文はカオス*ラウンジの10年代の活動を象徴するものだが、20年7月に代表社員を務めていた黒瀬陽平が、ハラスメントを行っていたとして退任。本展での展示も実現しなかった。
2011-2019
東日本大震災後から現在にいたるまでを象徴するアーティストとしては、パープルーム、「突然、目の前がひらけて」、クシノテラス、人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)、國府理「水中エンジン」再制作プロジェクトが紹介されている。
パープルームは美術家・梅津庸一が立ち上げた共同体で、神奈川・相模原のパープルーム予備校やパープルームギャラリーを通して、美術活動と日常生活を同期させている。美術大学や美術予備校を前提とした日本の現代美術に問いを投げかけてきたパープルームのインスタレーションが《花粉の王国》(2020)だ。パープルームを構成する梅津、アラン、安藤裕美、シエニーチュアン、わきもとさきの作品と、集団としての思想や生活がうかがえる資料などによって構成されたこの展示は、集団としての活動が花粉のように伝播して各方面へと「受粉」された軌跡も指し示す。
「突然、目の前がひらけて」は、まったく交流がなかった武蔵野美術大学と朝鮮大学校の両校を隔てる塀に橋を架け、交流をうながした5人によるプロジェクトだ。実現にあたっての障害や、トラブル、意見の食い違いなどをの記録やアンケート、作品、模型をインスタレーションに近いかたちで展示。いっぽうでプロジェクトは現在も、橋を架けただけでは解消されなかった様々な壁や、双方に残ったしこりなどについて、いまも問い続けている。会場には当時の橋を再現した構造物が制作されているが、そこを渡るときに見える景色が何かは、自身の目でたしかめてほしい。
クシノテラスは、櫛野展正により広島・福山市に設立された、アウトサイダー・アートのギャラリーだ。これまでに櫛野がとりあげてきた作品のなかから、数点が会場では展示される。
供養するために昆虫で観音をつくった稲村米治の《昆虫千手観音像》(1975)や、カラクリひとり芝居を上演する城田貞夫の《無題(番場の忠太郎)》(2000頃)。清掃員として勤務しながら日々使用する雑巾の絵を描いたガタロの《雑巾の譜》(2018-20)、栃木県に仮面2万点を展示する「創作仮面館」を開設したストレンジナイト《無題(創作仮面館)》(制作年不明)、想像上の生き物を流木でつくった上林比東三《未知の生物》(2017-)など、美術の価値をあらためて問い直すような作品が並ぶ。
人工知能美学芸術研究会(AI美芸研)は、中ザワヒデキと草刈ミカを中心に結成された研究会。AI技術が注目を集めた平成の時代。同研究会はAIの制作物にオリジナリティはあるのか、作家性を認めていいのか、などを、多角的な角度から研究している。展示が行われるコンテのなかでは、交響曲のゴーストライティングが発覚して名声を失った「S氏」をテーマに据え、もし「S氏」がAIに作曲を行わせたら、その創作性がいかなるものになるのかを検討。横尾忠則が「S氏」を描いた絵画作品《赤い耳》(2000/2020)も、横尾本人の手により再制作され展示される。
最後に、國府理「水中エンジン」再制作プロジェクトの展示を紹介したい。福島第一原子力発電所事故をうけて、美術家の國府理が制作した作品《水中エンジン》(2012、2013)。國府が急逝した後、同作の再制作を目指したのが本プロジェクトだ。現代美術における保存修復や保管、アーカイヴに対する提起を行いながらも、様々な不在とどのように向き合うのか問い続けてきたその活動を、作品や資料、記録映像の展示で伝える。
以上、14の集団の展示によって平成という時代を探るのが「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989-2019」だ。新型コロナウイルスのパンデミックや人種問題、環境問題といった新たな「壁」が表面化する令和の現代。平成時代に「壁」に向かい合った集団たちの活動が、新たな時代の「壁」にどのような提言を与えていくのか、展覧会の会場に足を運び、実作品や実資料を見ながら考えてみてほしい。