1573年の室町幕府の滅亡から、1603年の江戸幕府開府までの30年間に花開いた、日本美術史上もっとも豪壮で華麗な「桃山美術」。この時代を中心に、室町時代末から江戸時代初期にかけて移り変わっていった日本人の美意識を、数々の名品によって紹介する特別展「桃山-天下人の100年」が、東京国立博物館の平成館で開幕した。会期は11月29日まで。
安土桃山時代を中心として、日本は中世から近世へ、戦国武将が争う下剋上の時代から、江戸幕府による平和な治世へと移り変わった。本展は、室町時代末から江戸時代初期にかけての激動の時代に生まれた美術を概観し、美術史上「桃山時代」として語られるその美術の特質を、約230件の優品によって紹介するものだ。
展覧会は「桃山の精髄──天下人の造形」「変革期の100年──室町から江戸へ」「桃山前夜──戦国の美」「茶の湯の大成──利休から織部へ」「桃山の成熟──豪壮から瀟洒へ」「武将の装い──刀剣と甲冑」「泰平の世へ──再編される権力の美」の全7章で構成される。
まず、展覧会の冒頭を飾る「桃山の精髄──天下人の造形」の章では、政治権力とともに移り変わっていった美術表現を、障屛画や茶陶、甲冑や蒔絵など、安土桃山時代を特徴づける品々で紹介する。
会場入口では伊達政宗が豊臣秀吉から拝領した甲冑《銀伊予礼白糸威胴丸具足》(16世紀)が観客を迎える。全身の防具を揃いの一式とする「当世具足」の様式が整ってきた時代を象徴する、重要文化財だ。
また、当時の京都の市中と郊外を描いた「洛中洛外図屛風」は様々な形態のものが展示されているが、なかでも国宝の狩野永徳筆《洛中洛外図屛風(上杉家本)》(16世紀)はその白眉と言える。清水寺や八坂神社などが並ぶ京都の町並みを、祇園祭の山鉾が練り歩く様子が、人々の熱狂とともに伝わってくる。
他にも様々な障屛画の名品が紹介される。水墨画の名品を世に残しながらもその生涯には謎が多い曽我直庵の《龍虎図屛風》(16〜17世紀)や、桃山画壇の巨匠で海北派の始祖である海北友松の《飲中八仙図屛風》(1602)。さらに、狩野派を代表する画人である狩野永徳による国宝《檜図屛風》(1590)や、秀吉が早世した愛息を弔うために長谷川等伯に描かせた国宝《楓図壁貼付》(1592頃)など、見ごたえのある作品が並ぶ。
1543年の鉄砲伝来や、1549年のキリスト教伝来など西洋と出会うことによって生まれた美術様式も、この時代の美術を知るうえでは外せない。織田信長より新発田藩溝口家が拝領したとされるヨーロッパ風のデザインの《陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様》(16世紀)や、当時の持ち得る知識によって日本や世界の地図を描いた《日本図・世界図屛風》(16〜17世紀)など、往事の西洋文明との交流がうかがえる品々が目を引く。
続く章の「変革期の100年──室町から江戸へ」は、室町時代末期から安土桃山時代を経て江戸時代へと続く100年のあいだに、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった権力者のもとで、時代の意識や趣向がいかに移り変わったのかを、時代の特徴を移す茶道具、障屛画、展示品を比較しながら知ることができる章となっている。
豊臣秀吉が所持したと言われる《唐物茄子茶入 北野茄子》や、室町時代後期からその存在が確認される《唐物肩衝茶入 薬師院》など、13〜14世紀の中国でつくられ受け継がれてきた茶入をはじめ、鉄釜や茶碗といった茶道具、大判小判、障屏画などを紹介。
続く5つの章では、ここまでの2章で大きく紹介した流れを、より細かいカテゴリに分けて取り上げていく。「桃山前夜──戦国の美」の章は、室町時代の名品を紹介する。式部輝忠筆《巌樹遊猿図屛風》(16世紀)や、狩野秀頼筆《観楓図屛風》(16世紀)といった障屛画をはじめ、重要文化財や国宝を中心に、戦乱の世の中で花開いた美をたどることができる。
「茶の湯の大成──利休から織部へ」の章では、桃山美術を語るうえで外せない、茶の湯に焦点を当てる。秀吉の寵愛を受けて茶の湯を大成した千利休や、新たな好みを見出していった古田織部らの美学をうかがい知ることができる品々が集まった。
「桃山の成熟──豪壮から瀟洒へ」の章は、絵画、書、焼き物などが、戦国武将に好まれた威圧的な表現から、優美で自然な調和を重んじた表現へと変遷し、江戸美術の基盤をつくっていく様を諦観する。
とくに狩野派の作品は点数が多く、戦国武将たちに力強い画風で好まれた狩野永徳の流れを受け継ぎながも、江戸時代に向けて変化していく作風の変遷を、狩野山楽筆《牡丹図襖》(17世紀)や、狩野山雪筆《竹林虎図襖》(1631)などに見て取ることができるだろう。
また、風俗画が誕生したのもこの時代だ。岩佐又兵衛のものとされる、豊臣秀吉の七回忌を記念した祭典「豊国祭礼」を描いた《豊国祭礼図屛風》(17世紀)や、出雲の阿国が始めた「かぶき踊り」の様子を描いたとされる《阿国歌舞伎図屛風》(17世紀)が紹介される。当時の華やかな風俗やそれを楽しむ人々の姿からは、今も昔も根底は変わらない人間の営みを見出だせるだろう。
「武将の装い──刀剣と甲冑」の章で紹介されるのは、争いが絶えなかった安土桃山時代において生まれた、様々な装飾が施された刀剣や甲冑。江戸時代には武家の格式を示すシンボルともなっていった武具の、趣向を凝らした装飾の数々を紹介する。
本展最後の章となるのが、「泰平の世へ──再編される権力の美」だ。豊臣家を滅ぼした徳川家が、それまでの100年の変革をいかに泰平の世の中の秩序に落とし込んでいったのかを、美術品から見ていく。
この最後の章を飾るにふさわしい大作が、徳川家の京都における拠点である二条城の障壁画として狩野山楽により描かれた《松鷹図襖・壁貼付》(1626)だ。威圧するような松と鷹が描かれた画面からは、新たな時代の到来を威厳に満ちた筆で表現しようとしたことが伝わってくるだろう。
室町から江戸に至るまでの100年にわたる激しい変化は、美術の世界にも様々な潮流を生み出した。特別展「桃山-天下人の100年」は、その流れをたどることで、現代にまで続く日本の美術の連なりを見いだせる展覧会と言えるだろう。