“夜の街”歌舞伎町で「言葉」の展覧会を行うことの意味とは何か? 「デカメロン」の試み
東京・新宿の歓楽街「歌舞伎町」。新型コロナウイルス感染拡大以降、“夜の街”として言及されることが多いこの街で、とあるバーが誕生した。

1348年からヨーロッパで猛威を振るったペストは、イタリアの文人ジョヴァンニ・ボッカッチョによる物語集『デカメロン』において、その様子が克明に綴られている。この物語と同じ名を冠したブックカフェ&バーが7月、コロナ禍にある東京・歌舞伎町にオープンした。
「デカメロン」は、歌舞伎町で様々な事業を展開する手塚マキがオーナーを、アーティストの黒瀧紀代士がキュレーターを務める。このカフェ&バーが入る場所は、「歌舞伎町ブックセンター」を移転、再開するために確保したという(なお旧歌舞伎町ブックセンタービルでは2018年にChim↑Pomの「にんげんレストラン」が開催された)。しかし、新型コロナの感染拡大によってその計画は頓挫。手塚はこれを逆手に取り、新たなコンセプトの店をオープンさせた。

そもそもボッカッチョの『デカメロン』は、ペストの感染から逃れるために引きこもった男女10人が、それぞれ10日にわたって10話の物語を紡ぐ、全100話からなる。これにならい、この「デカメロン」もその営業期間を100日に限定(予定)とした。

建物は2階建てで、1階がカフェ&バー、2階が展示スペースとなっている。1階には、来店者にコロナ禍におけるそれぞれの物語を記してもらうためのノートが置かれており、さながら現代の『デカメロン』を紡ごうとしているかのようだ。
また、店内では筆談での会話を推奨。「飛沫感染防止」へのアンサーであるとともに、耳が聞こえない人もそうでない人も、コミュニケーションを平等にするという目的がある。


そして2階の展示スペースでは、「言葉はわかるが、話が通じない」というテーマのもと、月替りで様々なアーティストが個展を行う。
キュレーションを手がける黒瀧はデカメロンをオープンさせるに当たり、当初から「作家に何かしら還元できる場をつくりたい」と考えていたのだという。手塚も「『デカメロン』はルネサンス期の代表作品。アーティストたちがこの場所で表現することで、それぞれが個に向き合う場所になればいい」と話す。
新宿・歌舞伎町は新型コロナウイルスの感染拡大とともに、“夜の街”としてたびたび言及される存在となってきた。黒瀧はこの状況について「これまでは新宿は『ダイバーシティ(多様性)の街』と言われてきたのに、『夜の街』へと認識がガラリと変わった。言葉によって状況が変わったいま、言葉をテーマにすることは必然だと考えたんです。そこからアーティストを選んでいきました」。
9月1日からは、主にファウンドオブジェを用いたインスタレーション作品の発表を続けているアーティスト・青柳龍太の個展「Somebody says yes. Somebody says no.」が始まった(〜9月30日)。
本展では、10年前に四谷で展示された「コンセプトシート」(言葉だけ)で構成された作品を再展示。作品にはタイトル通り、10年前の青柳に宛てられた第三者からの肯定の言葉と否定の言葉が含まれている。

「一般的に、『yes』という肯定の言葉より、『no』という否定の言葉のほうが強い力を持っていると思うんです。だからこの展示によって、『no』と言われてしまうものに対する認識、あるいはそれぞれの善悪の判断というものに変化を与えられれば」と、黒瀧はこの展示の意義について語る。
いっぽうの青柳は、今回の展示を引き受けた理由についてこう話してくれた。「僕があの場所で展示をしようと思った最大の理由は、キュレーターを任されている黒瀧さんに初めてお会いしたときに、この人はアートをまだ信じていて、アートに感動をまだ抱いている人なのだと感じたからです。だからやろうと思いました」。

感染拡大防止と経済の再生というふたつの大きな動きのなかで翻弄されている歌舞伎町。そうした場所のど真ん中から、アートによって問題を提起する「デカメロン」の存在意義は大きい。