メルセデス・ベンツ日本が1991年にスタートした、日本とドイツの間で現代美術作家を相互に派遣・招聘し、創作活動を通した交流を図る文化・芸術支援活動「メルセデス・ベンツ アート・スコープ」。原美術館は2003年からパートナーをつとめ、滞在の成果を発表する展覧会を開催してきた。
その18~20年の成果発表展「メルセデス・ベンツ アート・スコープ2018-2020」が、7月23日にスタートした。今回は久門剛史(18年ベルリンへ派遣)とハリス・エパミノンダ(19年東京へ招聘)、そして過去の参加作家である小泉明郎(10年ベルリンへ派遣)がそれぞれ新作を発表している。
美術館に入ってすぐ鑑賞者を迎えるのが、エパミノンダの作品だ。エパミノンダは1980年キプロス生まれ。コラージュの技法を用いた映像やインスタレーション作品を制作し、昨年の第58回ヴェネチア・ビエンナーレでは銀獅子賞を受賞した。
ギャラリーⅠの《Untitled #01 b/l》では、床に外の風景と対比をなすような赤い絨毯が敷かれ、壁にはダニエル・グスタフ・クラマー寄稿のテキスト『Hiroshi』が貼られている。このテキストは、原美術館の歴史に足跡を残した音楽家・作曲家、吉村弘の人生を表すもの。そのレガシーや、儚く過ぎる音楽の力に敬意を表し、再認識するインスタレーションになっている。
そのほかにもエパミノンダは、2階のギャラリーⅢで映像作品を展示。《日本日記》と名付けられた同作は、昨年の夏に自身が2ヶ月間、スーパー8フィルムで撮影した映像をデジタル化したものだ。
続くギャラリーⅡでは、久門剛史が新作《Resume》と《Infrastructure #1》を展示している。《Resume》では、ゆるやかな円弧を描く壁に沿って、裏返されたキャンバスが並ぶ。表側に塗られた鮮やかな蛍光色が白い壁に反射し、じんわりと光が漏れ出ているように感じられる。
これまでコンピューターを用いて、状況や現象そのものをつくり出してきた久門。しかし今回は新たに「コンピューターを使わないこと」「見る人に委ねること」に挑戦したという。「裏側を向いた作品は、現在のような状況でも心の火は消せないこと、色彩は失われないということ。芸術の力はにじみ出てくるものだ、ということを表しています」と語った。
また、展示室に流れる音も作品の一部だ。これは6000ヘルツの「正弦波」と呼ばれ、自然界には存在しない音。久門はこう話す。「人間は無意識のうちに、音をマッピングしていると思います。ここではこの音をひとつの基準として、外から聞こえてくる飛行機の音やセミの声がどこに位置するか、感覚を研ぎ澄ませる時間を過ごしてみてください」。
そして2階では、小泉明郎が《抗夢 #1(彫刻のある部屋)》を発表。スクリーン上での経験が増えているいま、映像作品ではなく実際に身体的に感じることのできる作品をつくりたかったといい、同作はふたつの展示空間を行き来しながら音声を聴く「サウンド・スカルプチャー」になっている。
「最近の状況では、個々の事情がまったく考慮されず、数字や強い言葉で現実が切り取られることに違和感を感じました」と語る小泉。自宅で長い時間をともに過ごした小学生の息子が、何度も同じ文章を音読する宿題を課されていることに着想を得て制作したという。また小泉は後日、街中で聴くための《抗夢 #2(神殿にて)》もウェブサイト上で発表予定だ。
自分の身体で体験する作品から、コロナ禍におけるアーティストの思考を垣間見ることのできる本展。原美術館は次回展「光―呼吸 時をすくう5人」(9月19日~2021年1月11日)を最後に閉館が決定しているため、美しい空間と作品の共演が見られる機会を逃さずチェックしてほしい。