1980年代初頭のデビュー以来、コラージュの手法を用いた絵画作品や、ゴミやガラクタを素材にした立体作品の制作をはじめ、絵本や小説、エッセイ集の刊行や音楽活動など、多岐にわたる活動を展開しているアーティスト・大竹伸朗。その関東では13年ぶりとなる個展「ビル景 1978-2019」が、水戸芸術館現代美術ギャラリーにて開幕した。
大竹伸朗といえば、直島にある銭湯を転用した《直島銭湯 I♥湯」》を思い浮かべる人も多いのではないだろうか? そうしたパブリックなプロジェクトのかたらわ、大竹が40年にわたって取り組み続けてきたにが今回の個展でテーマとなる「ビル景」だ。
「ビル景」とはたんに「ビルディングのある景色」を指すわけでない。「ビル景」シリーズは、現実の風景をそのまま描いたものではなく、大竹の中に記憶された様々な都市ーーそれは香港やロンドン、東京などーーの湿度、熱、騒音、匂いなどがランダムにミックスされ、「ビル」という形状で描き出される、仮想の風景だ。
今回は同シリーズから約500点に加え、大型の立体作品など新作を数点加えて紹介。合計点数は606点(立体10点含む)にのぼり、その全貌を明らかにすることを目指す。
絵のモチーフとして大竹が「ビルディング」を意識しはじめたのは、1979年9月から80年代前半にかけて度々訪れた香港。実質的にそこから始まった「ビル景」だが、大竹自身は「ビルをテーマに描いていこうと決めていたわけではない」と語る。「結局、30年経ってからビルの流れがあることに気づいたんですよ。その都度描いた点を、後から追っていって集めてみた、というのがこの個展」。
無意識のうちの「ビル景」を築いてきた大竹。「ビルは自分の中から消えない」という。「ビルを描こうとしてないのになぜか出てくる。全然違うテーマをやっていても、ところどころで顔を出すんです」。
その原体験には、小学生のときに経験した東京オリンピックと、それに伴い誕生し始めた霞ヶ関ビルディングなどの高層ビルがある。「子供の頃に見ていたビルは直方体で、四角い窓があった。自分の中でのビルとはそういうものです」。
そしてビル景がここまで続く背景には、大竹自身が現在宇和島を拠点にしていることも大きく関係しているという。「1964年のオリンピックのときと今回は全然違う。人が殺伐としてる感じがするんですよね。便利にはなっているけど豊かさを感じない。だから東京にいたらこんなにビルを描いてないでしょうね。宇和島にいるから、『ビル景』が(自分の)内側で膨張していった」。
奇しくもいま、東京を中心とした大都市は次のオリンピックを前に大きく変化する最中にある。大竹のこの個展は、そのような状況に疑問を投げかけるようなものになるのかもしれない。