昨年、没後30年を迎えた彫刻家、イサム・ノグチ(1904~88)と、画家であり理論家としても活躍した長谷川三郎(1906~57)。この2者の絆に焦点を当てた展覧会「イサム・ノグチと長谷川三郎-変わるものと変わらざるもの」が、横浜美術館で開幕した。
本展は、ニューヨークのノグチ美術館から打診があって開催に至ったもので、本展開催後は、ノグチ美術館(ニューヨーク)とアジア美術館(サンフランシスコ)に巡回する。横浜美術館館長の逢坂恵理子は本展についてこう語る。「いまの社会はグローバル化した結果、排他的な傾向が強まっています。そんな現代において、50年代にイサム・ノグチと長谷川三郎の2人がいかにして日本の伝統文化を咀嚼し、作品に昇華していったのかを見ていただきたい」。
会場は、「長谷川三郎 抽象芸術のパイオニアー伝統と現代つなぐ」「1950年代の長谷川三郎ーイサム・ノグチとの出会いを経て」「長谷川三郎とイサム・ノグチを結びつけるもの」「イサム・ノグチの日本における制作活動のはじまりー1950-54年」「開かれた道ーアメリカでの長谷川三郎」「古い伝統の真の発展を目指してー1954年以降のイサム・ノグチ」の6章構成。
本展のキーとなるのは、1950年という年だ。同年、ノグチは19年ぶりとなる来日を果たし、そのとき関西を案内したのが長谷川三郎だった。2人は意気投合し、ぞれぞれのその後の作家人生に大きな影響を与え合っていく。
展示は2人が出会う以前、つまり戦前期の長谷川作品から始まる。ここでは、コラージュをはじめとする実験的な作品やスナップ写真を紹介。長谷川は、1936~37年の前衛美術が全盛期を迎えた頃、抽象主義を牽引する存在であり、抽象を絵画の表現手法ではなく、当時の科学的精神に根ざしたものとしてとらえていた。こうした芸術と社会のつながりを希求する姿勢を持っていた長谷川は、ノグチの作品に注目し、文通を計画するほど対話の機会を待ちわびていたという。
続く第2章では、50年に2人が出会って以降、53年までの長谷川作品が一堂に並ぶ。現在、長谷川の代表作とされるのはこの時代につくられたものだ。ここでは屏風を支持体にした作品を見ることができるが、なかでも象徴的な作品は《桂》だ。
これは、ノグチ来日の際、京都の桂離宮へ旅行したことをきっかけに制作されたもの。長谷川は自宅の台所にあったかまぼこ板に丸や矩形を彫り、ポスターカラーを塗って紙に捺してできた白黒の版画を、屏風に配置した。桂離宮の建築などからインスピレーションを得た本作について、本展担当学芸員の中村尚明は「伝統的な文化遺産をそのまま模倣するのではなく、その本質を新しい作品へと昇華させた」と話す。
いっぽうのノグチは、陶や石、アルミニウム、鋳鉄、鐘青銅、バルサ材による彫刻、数々の「あかり」などを日本とアメリカを行き来しながら制作。これらはノグチが長谷川の案内によって日本で見た文化遺産をはじめ、長谷川との対話で得た禅や東洋思想への理解を通して生まれてきたものだ。
本展では、このように長谷川とノグチそれぞれの作品を見せるとともに、その交流の足跡をたどることができるのが大きな特徴。50年代に花開いた2人の芸術世界を堪能できる機会となっている。