2013年のヴェネチア・ビエンナーレで発表された香港館の屋内外に広がるインスタレーションが、『ウォールストリートジャーナル』誌による「必見の展示ベスト5」にリストアップされるなど、世界的な注目を集めてきたリー・キット。
そんなリーの日本初となる美術館での個展「僕らはもっと繊細だった。」が、9月16日に原美術館で開幕した。同館はもともと原家の私邸であり、第二次世界大戦を乗り越えたのちGHQから返還された歴史を持つ。丸みを帯びた建築や青々とした芝生の中庭など、いわゆるホワイトキューブとは異なった空間が特徴だ。
これまで展覧会に合わせ、開催地で滞在制作を行うなど、サイトスペシフィックな作品を展開してきたリー。本展を開催するにあたって、同館に2週間ほど滞在。館内を散歩するなど悠々閑々と日々を過ごすなかで、作品のコンセプトや展示構成を練ったという。
本展は、1階入口すぐのGALLERY 1の絵画にプロジェクターの光が斜めに投影されたインスタレーションからスタートする。その絵画的な光の扱いは、プロジェクターを軽く蹴るなどの試行錯誤を繰り返しながら生み出されたもの。
同作においてリーは、ロールスクリーンをバルコニーに設置して光源を操り、淡い色彩を演出している。これは同室の大きな窓にもとから取り付けられていたロールスクリーンが彩度/輝度を調節し、外の景観の見え方を柔らかくしているのと呼応させたかたちだ。本来の自然や建築空間に呼応しながらも、それらをささやかに操るリーの制作スタイルが光る。
「最初の展示室は、『空(から)』の印象を大事にしたかった。鑑賞者がすべての展示室をまわり、戻ってきたときには『空』に見えないのではないか」とリーは語っており、そのコンセプトにもとづき、きわめてミニマルに構成された同室は、空間全体をプロジェクターの光が包み込みながらも、映像展示特有の劇的なまぶしさはどこにもない。
また同作は、絵画に近寄ると自身の影が作品に落ちてしまうために、鑑賞者は作品を見るために1歩下がらざるを得ない。作品が鑑賞者に対し、距離感を指定するようなその状況は、アートのみならず生活における様々な場面で、俯瞰のまなざしが重要であることを鑑賞者に体感させる。
続くGALLERY 2では、展示空間の中央で素足をくねくねと動かす映像が、「手」や「歌」など別の感覚器官を示す字幕とともに流れる。足のみをモチーフとした簡潔な映像でありながらも、抽象的かつポエティックな字幕が作用して鑑賞者を深い洞察に誘う作品となっていた。
2階に上がると、無邪気な子供や木漏れ日を想起させる映像、扇風機などの日用品を用いて「心地よい空間」を各展示室で再現。リーは「語りたくても語れない感情を、風や水の音が表現してくれるときがある」といい、そういった人間の深層に迫るようなリアルな瞬間から着想を得て、そのリアルと再対峙する鑑賞体験を生み出すことを試みている。
独特の歴史的背景を持ち、社会とともに揺れ動く香港を出自とするリーは、これまでもアートを通じて自身のあり方を問うてきた。本展では、淡い色彩の絵画のような空間構成のなかで扱われるテキストの詩的表現をより充実させながら、その内容は作品によって具体性が少し強められている。
リー自身のアート、社会、自然に対する心の機微が組み込まれた本展は、「僕らはもっと繊細だった。」という展覧会タイトル通り、目まぐるしく変貌する社会のなかでデリケートさを帯びてゆくリーの心象風景が展示空間全体に広がっていた。