2017.7.28

前川國男建築と呼応する
「とんぼ と のりしろ」。
杉戸洋が拡張させる絵画世界

これまで国内外の美術館やギャラリーで多数の個展を開催してきたアーティスト・杉戸洋が東京の美術館では初となる個展「杉戸洋 とんぼ と のりしろ」を開催する。前川國男が設計した東京都美術館の空間で杉戸が初めて試みたアプローチとは?

杉戸洋 module(虹?舟?) 2017
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 東京都美術館で始まった「杉戸洋 とんぼ と のりしろ」は、東京都美術館が主催する展覧会としては「福田美蘭展」(2013)以来の現代美術展であり、杉戸洋にとってはこれが東京の美術館での初個展だ。

 杉戸洋は1970年愛知県生まれ。92年に愛知県立芸術大学美術学部日本画科を卒業後、96年に絵画制作のためアメリカに渡り、帰国後は名古屋を拠点に活動を続けている。

 小さな家や、空、舟などのシンプルなモチーフ、繊細かつリズミカルに配置された色やかたち、そして抽象と具象の間を行き来するような作品は、国内外で多くの人々を魅了してやまない。本展「とんぼ と のりしろ」では、そんな杉戸が今年の4月から制作してきた最新作、約80点が並ぶ。

 会場となるのは東京都美術館の地下に広がる吹き抜けの大空間(ギャラリーA〜C)だ。ここはかつて「彫塑室」と呼ばれ、2012年のリニューアル前までは三方向の窓から光が差し込んでいた場所。いまもなお、タイルの床やコンクリートを削った壁など、前川國男による建築独特の質感と佇まいを維持している。

会場風景より。窓には前川國男がデザインしたソファの色に呼応するシートが貼られ、空間を彩る

 今回、最大の見どころをとなるのはギャラリーCにそびえ立つ、幅15メートル×縦4メートルの大作《module》(2017)。この作品は、美術館に敷かれたタイルやこの空間から着想されたもの。愛知県常滑市にある「水野製陶園」のタイルを用いた初の作品であり、様々な色彩の釉薬がかかったタイルが積みかさなることで、まばゆいばかりの存在感を放っている。

 「約2トン分のタイルをひたすら焼き続けていて、展覧会のことも忘れるくらいだった。土臭い仕事がとても勉強になりました。多少、色のことはわかっているつもりでしたが、釉薬は全然違った。何も知らないんだなと痛感しました」。

杉戸洋《module》(2017)の部分
《module》の裏側にも小さなオブジェが点在している

 杉戸は吹き抜けの空間(ギャラリーA)の展示においても、建築や空間のスタディを重ねたという。「すごく使いにくい空間だと思いました。でも自分の理想は、いつか古くて落ち着いた喫茶店のための良い絵を一枚描くことが夢で、(そういった意味で)この空間は理想的でした。ここは団体展にも使われる場所なので、いろんな人が描いたようなふうにしたくて、『一人だけど団体展』を目指した。でもそうすると、いつも描いている絵とは違うふうに描かなくてはいけなくて、難しかったです」。

今回の展覧会について語る杉戸洋

 ギャラリーAの壁面には、小さな作品が(まるで喫茶店の壁にかかっているように)ポツポツと並ぶ。杉戸自身が集めてきた古い木の額に収められたこれらは、ずっとその場所にあったかのように空間に馴染んでいる。

吹き抜け空間の展示風景
実際に座ることもできる喫茶店にあるようなソファー

 吹き抜け空間の隣にあるギャラリーBでは、発泡スチロールやスポンジといったありふれた素材で展示室にさりげない「しつらえ」を施し、天井高の低い空間を”杉戸色”へと変貌させている。

会場風景。作品のそばにピンクのスポンジを置きアクセントを与えている
会場風景。「壁には作品を掛けたくなかった」という言葉どおり床に近い位置に作品が置かれている 

 なお、本展タイトルにある「とんぼ と のりしろ」は印刷物を制作する際、仕上がりの位置を指定する「トンボ」と、扉や口絵などを貼るときに糊付けする幅「のりしろ」を意味しており、この二つはそれぞれ「抑えるところ」と「解放させるところ」の関係を表しているのだと杉戸は語る。

 モダニズムを代表する建築家・前川國男が40年以上前に手がけ、改修を重ねながらもその雰囲気をいまに伝える東京都美術館。杉戸はこの空間に自らの感性を反響させ、ここでしか見ることのできない景色を生み出した。「展示室を自分のリビングルームに見立て、この空間そのものを綺麗に見せたいと思った」という言葉の通り、この展覧会で杉戸は空間の制約をも味方にしている。

展示室につながるエスカレーターにもアクリル板で色彩が与えられている
会場風景