第2回「Tokyo Contemporary Art Award」受賞記念展で藤井光と山城知佳子の新たなアプローチに迫る

東京都とトーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)が2018年より実施する「Tokyo Contemporary Art Award(TCAA)」。中堅アーティストを対象に、受賞から複数年にわたる継続的支援によってさらなる飛躍を促すこの賞の第2回を受賞した藤井光と山城知佳子の受賞記念展が、東京都現代美術館で開催されている。

文=中島良平

展示風景より、藤井光《日本の戦争画》(2022) 撮影=木奥惠三

 「Tokyo Contemporary Art Award(TCAA)」の受賞者に授与されるのは、賞金300万円、国内外で自身の活動を紹介するために活用できるモノグラフ、海外での活動機会の援助、受賞2年後に東京都現代美術館を会場に受賞記念展を開催できるチャンスだ。第2回となる「TCAA 2020-2022」を受賞した藤井光、山城知佳子の受賞記念展は、東京都現代美術館で6月19日まで開催されている。同館3階のワンフロアをふたりで分割する大規模な展示ながら入場無料であり、ふたりの表現が多くの人の目に触れられる貴重な機会となっている。

戦争画をモチーフに「絵画論」に言及する藤井光

 展示は藤井の作品からスタートする。展示室に入ると、コンテナのパネルや布の貼り付けられた木のパネルなど、素材は様々に板状の作品が壁に掛けられている。その下には、キャプションの文字。「シンガポール陥落 宮本三郎 1944年」「サイパン島同胞臣節を全うす 藤田嗣治 1945年」など、戦争画、あるいは作戦記録画と呼ばれる作品の数々のタイトルだ。それらの絵画作品と同サイズの平面を制作し、終戦後の昭和21年(1946年)8月21日から9月2日にかけて東京都美術館で開催された「日本の戦争美術展」が、何も描かれていない絵画によって再現された。

展示風景より、藤井光《日本の戦争画》(2022) 撮影=木奥惠三

 主催はアメリカ合衆国太平洋陸軍(連合国軍最高司令官総司令部)で、入場できたのは占領軍関係者のみ。戦時中に従軍画家たちの手で描かれた、戦闘場面や兵士、戦艦などがモチーフの写実的な絵画作品の数々は、米軍によって接収され、その価値を見積もるために開催されたのが「日本の戦争美術展」だと言われている。そもそもそれらの絵画は芸術なのか、プロパガンダなのか。仮にプロパガンダであるのならば、占領政策に反する物品として処分する必要がある。また、もし戦利品であるのであれば、それらは他の連合国と分配しなければならない。

 しかし、その品評会でも結論は出ず、153点に及ぶ戦争画は東京都美術館の展示室に残され、5年間にわたって施錠して放置された。その価値が判断できないと見なされた戦争画を再現したのが、藤井光のインスタレーション《日本の戦争画》だ。写実的な描写力を評価する見方もあるだろうし、戦地となったアジア各国や太平洋の島々の人からしたら、侵略者目線の残酷な絵である。また、連合国から見れば、敵国が戦意高揚のために打ち出したプロパガンダに見えるだろう。その絵画の価値は、終戦直後と現在においても異なるに違いなく、見るものの視点や時代によって絵の価値は変わり続けるという、一種の絵画論をこの空間で具現化してみせた。

展示風景より、藤井光《日本の戦争画》(2022) 撮影=木奥惠三
展示風景より、藤井光《日本の戦争画》(2022) 撮影=木奥惠三

 《日本の戦争画》を展示したふたつの部屋を結ぶ通路には、アメリカ国立公文書館に現存する資料をマイクロスコープで撮影した5000カット以上の映像と、戦争画をどう扱うべきか、米国キュレーターも含む軍関係者たちの対話を再現した音声を組み合わせたインスタレーション《日本の戦争美術》を展示(音声は、美術史家の河田明久が資料をもとに脚本を作成)。1951年のサンフランシスコ平和条約調印後、アメリカ合衆国太平洋陸軍が接収したこれらの戦争画は「無期限貸与」という名目で1970年に日本に返還され、東京国立近代美術館が管理しており、一括公開されることはないものの、常設展で少数点ずつ展示する機会は設けられている。こうしたいわくつきの戦争画を通じて、藤井光が絵画論と向き合った意欲的な展示が実現した。

展示風景より、藤井光《日本の戦争美術》(2022) 撮影=木奥惠三
《日本の戦争美術》の映像のワンシーンにも出現した、マイクロフィッシュを見るために使用した顕微鏡 撮影=藤井光

沖縄の記憶の継承を表現する山城知佳子

 続く山城の展示は、2019年発表の映像インスタレーション《チンビン・ウェスタン 家族の表象》でスタートする。沖縄県北部の名護市で、新しい米軍基地をつくるために海埋め立て用の土砂を採掘する鉱山従事者が暮らす集落の、ふたつの家族が登場する映像作品だ。オペラや琉歌などの音楽が混じるフィクションであり、家族を養うために基地建設に携わらなければならず、またその結果として環境汚染や未来の戦争へも加担してしまうことのやりきれなさが込められ、沖縄に突きつけられている現実問題を生々しく想起させる。

展示風景より、山城知佳子《チンビン・ウェスタン 家族の表象》(2019) 撮影=髙橋健治
画像提供=トーキョーアーツアンドスペース
展示風景より、2018年に発表したパフォーマンス作品から抜粋したサウンドインスタレーション《あなたをくぐり抜けて》(2022) 撮影=髙橋健治
画像提供=トーキョーアーツアンドスペース

 沖縄に生まれた山城は、沖縄の歴史や地政学的状況をリサーチし、それを自身の理性と感情で受け止めて身体性に訴えかける映像や写真作品に表現してきた。沖縄戦の体験者が高齢化し、さらにコロナ禍で亡くなってしまう人も増えてきたこの状況で、記憶の継承への危機意識が高まり、《彼方(Anata)》という8面マルチチャンネルの映像インスタレーション作品は生まれた。

展示風景より、山城知佳子《彼方(Anata)》(2022) 撮影=髙橋健治
画像提供=トーキョーアーツアンドスペース
小粒の石が波間を埋めつくした。
彼方の声はなだらかな地平を波うち響く。
彼方のからだはまだそこにいて彼方の声が海を歩かせ私を誘う。
──山城知佳子

 展示リーフレットに記された山城の言葉だ。海辺を彷徨う人々をとらえたこの美しい作品が生まれた背景には、過去の記憶や現在目の前に広がる世界、風景など様々なことを認知する距離への考察があったという。山城はふたつの傾向があると仮定する。戦争を経験した高齢者がいままで蓋をしていた沖縄戦の記憶が、認知症などによって蘇ってしまい、その記憶の渦中に投げ込まれて苦悩に包まれてしまうというのがひとつ。いままで語ることができなかった沖縄戦の経験の記憶が、長い時間を経て初めて本当に拭い去られたというのがもうひとつ。認知症で戦争の記憶に苦しめられる高齢者がいることを知るいっぽう、山城の父親が初期認知症の傾向が出てきて、色々過去の記憶を忘れたりするなかで、 これまで見てきた沖縄の風景を、歴史や政治の記憶の影響から離れて新鮮な目で見られるようになったという。

 風景画のように美しく、彼岸と此岸の曖昧な境界を連想させる幻想的な映像インスタレーション《彼方(Anata)》を抜けると、2012年に発表した、米軍基地敷地内を地主が農地として使用することが黙認されている、「黙認耕作地」内の闇市の肉屋の場面などを描いた映像インスタレーション《肉屋の女》が3面マルチチャンネルで展示されている。最後に展示される《彼方(Anata)》は、小笠原諸島の地殻変動によって生まれた軽石が届いて砂漠のように波打っている映像を収めた作品。最初の鉱山のイメージを超え、自然の大きなうねり、人間にはどうしようもない地球の動きのような外界につながるというイメージとして構成されている。

展示風景より、山城知佳子《肉屋の女》(2012) 撮影=髙橋健治
画像提供=トーキョーアーツアンドスペース
展示風景より、山城知佳子《肉屋の女》(2012) 撮影=髙橋健治
画像提供=トーキョーアーツアンドスペース

 中堅キャリアのアーティストを的確にサポートし、そこから次のステージへと向かう後押しすることの必要がこれまで語られてきた。TCAAの取り組みはそこへのひとつの回答となっており、毎年の展示を通して多くの人がその意識を共有できるはずだ。見応えあるふたりの意欲的な展示を見逃さないでほしい。

編集部

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