「無観客展覧会」で場と呼応するメディア・アートをどう伝えるのか。茅ヶ崎市美術館学芸員・藤川悠×アーティスト・佐久間海土

「東京2020 NIPPONフェスティバル」主催プログラム「ONE-Our New Episode-Presented by Japan Airlines」のコンテンツのひとつ、「Our Glorious Future〜KANAGAWA 2021〜」のオンライン配信が始まった。「ダンス・演劇・アート・音楽・工芸のミライ」をテーマに、神奈川県にゆかりのある各分野の表現者が参加。コロナによって無観客展覧会となってしまった「アートのミライ」について、キュレーションを担当する茅ヶ崎市美術館の学芸員・藤川悠と、参加作家のひとりである佐久間海土に話を聞いた。

聞き手・文=中島良平

左から藤川悠、佐久間海土 撮影=西野正将
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 桜木町駅からほど近くの紅葉坂を上ると、日本のモダニズム建築を牽引した前川國男による建築作品群が姿を現す。神奈川県立音楽堂、神奈川県立青少年センターや神奈川県立図書館等で構成される横浜市西区紅葉ケ丘文化ゾーンだ。「Our Glorious Future〜KANAGAWA 2021〜」では当初、この場所を舞台に茅ヶ崎市美術館学芸員の藤川悠がアート部門をキュレーションし、鑑賞者が会場を訪れてそれを体験する予定だった。 

 しかしながら、選出した5名のアーティストと制作を進めるなかで新型コロナウイルスの感染状況は悪化。急遽、7月中旬に展覧会をオンラインで配信する方針へと切り替わった。キュレーター、作家、運営スタッフともに戸惑いは大きかったが、この経験を未来に活用できればという思いとともに、可能性も感じ始めているという。藤川と、参加作家のひとりである佐久間海土に話を聞いた。

佐久間海土 Ether - liquid mirror - 撮影=西野正将

──まず藤川さんに、今回の企画の始まりについてご説明いただけますでしょうか。

藤川 昨年末に主催者から連絡をいただき、前川國男の建築群を活用したメディア・アートのキュレーションを依頼されました。前川が、戦後初めて手がけた大規模公共建築で、市民に芸術と文化を提供する場としてまず音楽堂と図書館が建てられ、そこに青少年センターなども加えてL字型の建築群で一帯を囲むという、とても興味深い場です。中央の広場には大きなクスノキがそびえていて、コンクリートのモダニズム建築との関係が印象深かったのと、ヒューマンスケールだけで世界をとらえるのではない時代にあることも踏まえて、人間と人以外の微生物や、建物を抜ける風なども含む有形無形のものを取り入れた視野でキュレーションしたいと考え、お受けすることにしました。

──5組の作家の選出理由と、それぞれの出品作品についてお聞かせください。

藤川 まず津田道子さんには、《あなたは、翌日私に会いにそこに戻ってくるでしょう。》という作品を出品していただく予定で、観客と作品がある空間が相互作用を起こし、その中で観客は鏡の自分と対面したり、見えないはずの自分の後ろ姿と対峙したり、24時間前にそこを訪れた人物を記録した映像と出会うことを想定していました。青少年センターのホワイエという場所が、紅葉坂ホールに出入りする人の動線になっているので、そこで色々な出会いが時間を超えて起こってくれたらと考え、依頼しました。後ほどお伝えしますが、実際には、無観客展示となって津田さんは、作品設置はしないで、配信映像により見る人にあったはずの作品を想像していただくような試みをされています。

津田道子 あなたは、翌日私に会いにそこに戻ってくるでしょう。(展示会場) 撮影=冨田了平
津田道子 あなたは、翌日私に会いにそこに戻ってくるでしょう。(展示会場) 撮影=冨田了平

──建物の機能や空間の特性にあわせてキュレーションされたんですね。

藤川 はい、ホールの隣が図書館なのですが、図書館は知と言葉の宝庫と言える場所ですよね。そこには、作家自身が書いた生物学の論文に切り絵を施し、切り口にシアノバクテリアを植え付け増殖させ、模様がつくられていく岩崎秀雄さんの作品展示をお願いしました。紙と言葉と微生物と共創される作品が、知の集積の場である図書館にふさわしいと考えたからです。

岩崎秀雄 Culturing <O/Paper>cut 撮影=西野正将
岩崎秀雄 Culturing <O/Paper>cut 撮影=西野正将
岩崎秀雄 Culturing <O/Paper>cut 撮影=西野正将

 そして、次が三原聡一郎さんの《空気の研究》という作品ですが、図書館と音楽堂をつなぐ位置に、宙に浮いた不思議な部屋があるんですね。その上に吹く風をリアルタイムでセンサリングし、室内の空気の流れに連動させることでひらひらとビニールの輪が浮遊する作品を展示していただきました。「空気を読む」という日本独自の言い回しがありますが、広場からの風が吹き抜ける場所で、その空気の正体について考察するような作品です。

三原聡一郎 空気の研究 撮影=西野正将
三原聡一郎 空気の研究 撮影=西野正将
三原聡一郎 空気の研究 撮影=西野正将

 MATHRAX〔久世祥三+坂本茉里子〕さんは素材として木を用いて、音をきれいに扱う作家なので、「木のホール」と呼ばれる神奈川県立音楽堂の美しい空間で《ステラノーヴァ》という作品を展示していただきました。離れた場所にある2つの円形の木のインターフェイスに触れると音が奏でられ、ホール内に設置されたいくつもの木のキューブ型オブジェからも呼応するように音が鳴り、光が瞬きます。2人の体験者が体験することによって音が重なり合い拡がって空間が満たされていく、瞬く光と音で自他のコミュニケーションを試みるような作品です。

MATHRAX〔久世祥三+坂本茉里子〕 ステラノーヴァ 撮影=冨田了平
MATHRAX〔久世祥三+坂本茉里子〕 ステラノーヴァ 撮影=冨田了平
MATHRAX〔久世祥三+坂本茉里子〕 ステラノーヴァ 撮影=冨田了平

 そして、音でお迎えし、音をお土産にと思って、全体のプロローグでありエピローグともなる作品が、広場に設置される佐久間さんの《Ether - liquid mirror -》という作品です。佐久間さん、作品についてお話いただけますか?

佐久間 「音を物質化する」ということを制作のキーワードとしていて、音をホルマリン漬けのようにして留めておくことに僕はトライしています。自身でいままで収集してきた自然からの音や、娘の心音などから構成している音を、鏡を用いた中心のオブジェから振動させて音を生み出しています。

佐久間海土 Ether - liquid mirror - 撮影=西野正将

──四角いフレームで円形の鏡を吊るすオブジェがスピーカーとなって音を発し、鑑賞者が映るる鏡の表面が音の振動で揺れる。インタラクティブな装置となっています。

佐久間 この5年ぐらい、僕はずっとものを振動させて音を出すことを試してきました。そこで感じたのは、低音とは何かというと存在感そのものだということです。鏡の表面に生まれるのは非常に繊細な振動なんだけど、質量を持つものの振動による音が像と結びついて存在感となるという仕組みです。

藤川 私が佐久間さんに出品していただいた理由は、振動としての音を視覚化し、鑑賞者が作品と関係することで音の存在を感じられるというのが興味深いと感じたからです。

佐久間 3Dオーディオやスペーシャル・オーディオというような、聞き手が向いている方向によって音の聞こえる位置が変わるスピーカーなどのトレンドもありますが、スピーカーや再生システムが発達しても、どうしても乗り超えられない構造的な壁のようなものを感じるんですね。すごく単純に言えば、例えばスピーカーからギターの音が聞こえたときと、目の前の人がポロンとアコースティックギターを弾いたときに生まれる音では、広がりが違いますよね。僕は音が好きで制作を始めて、マテリアルとしてどう扱えるか、その壁を超えられるか、ということをいろいろな方法で試して作品にしています。

佐久間海土 Ether - liquid mirror - 撮影=西野正将

──《Ether - liquid mirror -》を前にした鑑賞者に、どのような体験が生まれると想像して制作されましたか。

佐久間 作品を体験するストーリーとしては、遠くに何か確実に聞こえるものがあるな、と感じてもらうことが大事だと思っています。鏡からシンプルなモチーフが聞こえてきて、それに合わせて鏡に映る自分の姿が揺れるわけです。それを前にしたことで、音がホルマリン漬けとなって頭の中に残るような体験が生まれればいいなと感じています。作家としては、ある場所に作品を設置し、置き土産のようにして音を残していく行為をしている感覚があるので、そこから鑑賞者に音が伝染していくことを想定して作家活動をしています。

──作家の皆さんが制作を続けるさなかの7月に無観客での開催が決まり、どのように計画の変更を行ったのでしょうか。

藤川 場の特性を活かし身体性も伴う展示計画を進めていたので、それぞれのアーティストとどのように映像で配信するのかについては、話し合いました。私自身も映像にすることで、キュレーターとして鑑賞者に何を届けたいか、届けられるのかということをうんうん唸りながら悩みました。佐久間さんも振動を映像でどうやって伝えるか迷われていましたよね?

佐久間 そうですね。いろいろ考えましたが、「そこに音を置いてきた」ということをデフォルメなしで映像化するのが、シンプルだけどベストなのかなと思いました。無観客でやることになって、下手に3Dにしたり見せ方を凝るのではなく、リアルな展示空間をつくることにフォーカスして制作を進めていたので、それをいかにストレートに配信するかのほうが重要だと感じました。映像に等身大で作品を収められたと思っていますし、こういう機会だからできるリアルな配信になるだろうと感じています。

藤川 そうですね、そもそも無観客ベースでの企画ではなかった展覧会を、リアルにつくっていく展示とどう見せていくか。アーティストごとに見せ方を調整しつつ、映像化できているのではないかと感じています。

佐久間海土 Ether - liquid mirror - 撮影=西野正将

──最終的な映像の構成について教えて下さい。

藤川 最初にお話したような作品順で動線に沿った映像にはあえてせず、各作家の空間とその周辺部分を無観客の状態で撮影してもらいました。なので、作家ごとに異なる5本の作品映像を鑑賞していただくことになります。例えば、三原聡一郎さんはリアルタイムであることに重点をおき、10分間撮り続けて編集なしの映像にしていたり、岩崎秀雄さんは、作品空間をモノクロームで見せることにされたり、とくに津田道子さんは先ほどふれたように、観客に実際に見にきてもらうことができないなら、設営のために動く人を最小限にして、展示をするための空間だけを作り上げ、作品設置をするのではなく、展示するはずだった空間の様子と過去の記録映像とともに、配信映像で見る人なしに存在しない展示を想像させるような仕掛けに舵を切っています。

 映像撮影の西野正将さんと冨田了平さんの協力のもと、アーティストの皆さんそれぞれのスタイルで仕上げていただきました。今回の映像の配信後にどういう反応をいただくか怖いですし楽しみでもあります。今後もリアルで考えていた展示のオンライン配信などは続くでしょうし、3DVRなどのツールは発達してきていますが、個人的には、温度、湿度、香り、触覚などの要素まで離れた場所にいる人に伝えられるツールの可能性についてもっと考えたいなと思いました。

佐久間 作品を通して「自分がそこに音を置いた」という点をフィーチャーしたかったので、パブリックスペースですが人がいない景色をきちんと撮ろうとしましたし、こういう体験は絶対に記憶に残っていくんだろうと思います。こういう時代だから人との距離感とかも考える機会が増えましたし、音をそこに置いてくるという、自分が重視している点を意識しなおす機会にもなりました。

──今回出品される《Ether - liquid mirror -は、今年の「第24回 文化庁メディア芸術祭」でアート部門新人賞も受賞されており、そこではリアルに作品を見ることもできます。

佐久間 ありがとうございます。審査員の方々とは、まだ直接お話も全然できていないのですが、池上高志先生が贈賞理由のコメントを出してくださっていて、特に音を物質化する僕の制作のこだわりにコメントをいただいています。

──「一見静かな瞑想的な作品でありながらも、深層学習などソフトウェアに頼りがちなメデイア・アートの問題点を映し出す鏡でもある」という池上氏の言葉が象徴的ですね。

藤川 佐久間さんの生命に対する思いが伝わってくる作品だということが、今回の選出においても大きかったと思います。今回の映像配信でもその部分が届いてほしいですね。