社会問題を軽快な表現に。第21回グラフィック「1_WALL」グランプリ、田中義樹インタビュー

2019年5月に香港で起こったデモを題材にした作品「気分はサイトシーン」で、第21回グラフィック「1_WALL」グランプリに選ばれた田中義樹。受賞を記念した個展「ジョナサンの目の色めっちゃ気になる」が開催中のガーディアン・ガーデンで話を聞いた。

文・ポートレート撮影=中島良平

田中義樹

 2019年春にアーティスト・イン・レジデンスで香港に滞在した田中義樹。日本に帰国した後に香港で民主化デモが起こり、当事者ではないものの問題意識を持った田中は、3種類の紙幣を拡大したドローイング、犬のオブジェ、香港に滞在中から「1_WALL」展までの日記で構成したインスタレーション作品「気分はサイトシーン」を制作し、グランプリを受賞した。

 「現在進行形の難しいテーマを扱いながら、良い意味で軽快な表現に昇華している」「社会問題を自身で深く掘り下げた作品」と評価されたように、社会的な視点を持ちながらかわいい要素も取り入れた表現が評価された。

 受賞記念展のタイトルは「ジョナサンの目の色めっちゃ気になる」。求道的に高次元な飛翔を追求する1羽のかもめを主人公とするリチャード・バックの小説「かもめのジョナサン」と、演劇部に所属した高校時代に初めて見たチェーホフの「かもめ」という2作品を核に据え、香港の民主化デモ以来の社会問題をモチーフにした作品をちりばめてインスタレーションを展開する。

田中義樹

──昨年の受賞作品「気分はサイトシーン」で香港のデモを取り上げましたが、今回の「かもめ」というモチーフとの関連性をお聞かせください。

 香港をテーマにした作品で昨年受賞をして、最近も香港の情勢がよくない方向に行き、不安を帯びてきているので、今回の個展で香港をテーマとして扱わないのは不誠実な気がしました。まったく別のベクトルですが、少し前に吉祥寺のArt Center Ongoingで『かもめのジョナサン』を扱った個展を行っていたので、それを組み合わせることで香港をテーマにした作品に広がりを持たせられるのではないかと考えて今回のインスタレーションになりました(注:2020年6月30日に「香港国家安全維持法」が施行されると、翌7月1日には香港の独立を謳う旗を掲げたデモ参加者が逮捕されるなど、民主派への圧力が日増しに強まっている)。

──まずインスタレーションでは最初にライオンの像が2点、大きなインパクトで迎えてくれます。

 阿吽のライオン像って日本でもマンションの入口にあったり、世界中を見ても様々な施設にあるらしいですよね。この作品は、香港のHSBCという銀行の前にある阿吽のライオン像をモチーフにしたのですが、HSBCがデモ隊の寄付金口座を凍結したことが原因で、香港でデモ活動のなかでもとくに過激な抗議活動をしていた人たちから、その像が攻撃対象になってしまったんです。2体とも目がスプレーで真っ赤に塗られて、1体には火をつけられていました。

田中義樹

 同じような時期に、アメリカでは人権運動が勢いをつけて銅像が引き倒されたり、そういうニュースを聞いて、なんとも言えない気持ちになったんです。運動の主張はものすごく正しくて、命が危険に晒されてる人、実際に命を奪われた人がいる。自分は主張に賛同しているけど、破壊された彫刻を見るのはなぜか少しつらかったんです。当事者ではないから感じるのでしょうが。(注:欧州によるアメリカ大陸支配のきっかけを作った象徴としてクリストファー・コロンブスの像が倒されたり、南北戦争時代で南部連合の軍司令官を務めたロバート・エドワード・リーの記念像が落書きだらけになったり、各地の銅像がデモ隊の標的となった)。

──鮮やかな色のライオンには、かわいい雰囲気と威圧感が同居しているように感じます。

 ライオンの像の台座の高さは何度か試しました。実際の像はこの作品よりもかなり大きいので、その威圧感を再現したくてギリギリまで高くしたんです。彫刻自体のかわいさもかなり意識しました。見た目のかわいさが導入になってくれます。動物っていいですよね。在廊とかパフォーマンスのために展示会場に入ると、自分の相棒が出迎えてくれるような気分になりますし、シリアスなテーマを扱っていても、ものとしてのかわいさがあればコンセプトだけで制作しているわけじゃないことが伝わる気がしてるんです。かわいさを通して別のものが見えて、ひとつの視点に固執しないでいられるような気がします。

展示風景より

──民主化運動を進める人々の視点にも、抑圧する側の視点にも立つスタンスということでしょうか。

 《気分はサイトシーン》という作品をつくりましたが、結局のところ自分は観光客でしかないように思っています。民主化に向けて立ち上がった人たちにシンクロして何かを言うことになっても、結局自分はその人たちとまったく同じ位置に立てるわけではないし、もちろん抑圧する側に立ちたいわけではない。どっちに立ったとしてもめちゃくちゃつらいです。過激にならざるを得ない抗議活動をする側にも、狂っているのではないかと思ってしまうような弾圧する側にも、どちらの側に立ってもつらくなります。いままで自分は加害される側にも、する側にもどちらにもいたことがあるんです。そこに目をそらしてきたのに、見なきゃいけないと思ってつらい。

──ライオンの目を真っ赤に塗らなかったのも、それぞれの立場からの距離感を表現しているように感じられますね。

 HSBCという銀行はLGBTQを応援している企業で、少し前にマイケル・ラムという香港出身のアーティストに依頼して、ライオンの像をレインボーカラーに塗るキャンペーンを行ったんですね。それをSNSでポストしたら、同時に一部から反対の声も生まれ、銀行前で抗議活動までが起きて結局ペイントを剥がすことになりました。一度は少数派の声を代弁する寛容の象徴としてレインボーカラーに塗られ、そのすぐあとには自由を求める人たちによって目を赤く塗られ、火までつけられた。ライオンの像はどんな立場のシンボルにもなってしまうわけです。これはどこでも起こる問題だと思って、今回は目を極彩色に塗りました。どんな色にもなり得るものとして。

展示風景より

──田中さんの像の着色には、ニュートラルな立場という意味合いを込めたのでしょうか。

 全部が染み込むような柔らかい雰囲気にしたいと思って、画材屋で「肌色」を見つけて塗りました。これも黄色人種の肌の色に近い色ですが、人によってはまるで「肌色」じゃないし、でも自分には昔から知っている「肌色」です。それは全くニュートラルではないです。片方の黄色いライオンはバターの色になっています。展示会場のハンドアウトに意図が書いてあるので、ぜひ読んでみてほしいと思っています。それと、素材は段ボールとガムテープなんですが、触るとちょうど肌くらいの柔らかさがあります。ダンボールとガムテープで造形して、表面に一層だけボンドを全体に塗って、そうするとひび割れてきて像のような雰囲気が出ます。そのひび割れた部分に接着剤を流し込んで固定させて、という作業をしました。

 自分はトーマス・ヒルシュホーンが大好きなんですけど、前に森美術館で「カタストロフと美術のちから」展にヒルシュホーンが出展したときに、造形スタッフとして制作に携わったんですね。少し前にニュースでアメリカの銅像がスプレーで落書きされて、周りにゴミが捨てられているのを見たんですけど、それがまんまヒルシュホーンの作品みたいで自分のなかに憤りが一切なく、ものすごくカッコよくて感動したんです。欧米のDNAだから生まれる表現のような気がして、自分にはない造形感覚なんだと、真似できないんだと愕然としました。だから、ヒルシュホーンごっこのような作品づくりを今回で最後にしようという思いもあって、彼が多用する茶色いOPPテープで台座はすべて巻いてあります。カッコよかったのでまたやりたいです。

展示風景より

──そのライオンの上を真っ白なかもめの群れが飛んでいます。

 自分は高校のときに演劇部だったんですが、第七劇場という劇団がチェーホフの『かもめ』を上演しているのを見ました。それが初めて見たプロの演劇で、チェーホフも知らなかったので内容がちんぷんかんぷんでしたが、最近オンラインで彼らの『かもめ』を見つけたので見てみたら、チェーホフの『かもめ』は第4幕でかもめを撃ち殺したトレープレフが自殺をして終わるのですが、第七劇場の『かもめ』はその第4幕後をつくっているような、『かもめ』を再構成してつくったような、コンテンポラリーな雰囲気の作品でした。

展示風景より

 そのチェーホフの『かもめ』を見たという高校時代の体験と、そのあとに読んだ『かもめのジョナサン』とがあってかもめをモチーフにしたんですが、かもめはロシアから飛んでくる渡り鳥ですから、チェーホフの故郷のロシアと、自分のいる東京をつないでくれている感じがしたんです。世界中を飛ぶ渡り鳥って、自分のなかでは伝染していくようなウイルスみたいなイメージもあります。ライオンの上に飛んでいる真っ白なかもめは、餌を取るために飛ぶのではなく、純粋に飛ぶことに楽しみを見出して飛ぶことの可能性を追求するジョナサンが向かう、高次の世界のカモメたちです。ライオンが何かを考えていて、そのことが漫画で頭の上にピヨピヨ飛んでいる何かで表現されるような描写とも結びついています。本当に真っ白なので会場でみてほしいです。

──そして壁面にもかもめが打ち付けられていますが、かもめはすべて手づくりしたと伺いました。

 そうなんです。2019年のアート・バーゼル・マイアミ・ビーチで、マウリツィオ・カテランが壁にバナナを貼り付けた作品がありましたが、ひとつはそれのイメージです。アートにおけるバナナの地位が失墜しているというような記事を読んだことがあって、最初はポップ・アートの王様みたいだったバナナがどんどん大衆のものになって、くだらない消費のされ方をしていると書かれていたのですが、そこにとどめを刺したのがカテランだと思ったんですね。

展示風景より

 それともうひとつは、草間彌生さんのソフトスカルプチュアです。昔、ペニスを模した突起状のソフトスカルプチュアでボートをいっぱいにする作品がありました。その後にクレス・オルデンバーグがソフトスカルプチュアの革命的な作品をつくったともてはやされたけど、草間さんにしてみたらアイデアを盗られて女性差別と人種差別のダブルパンチだったと思うんです。草間さんの作品をつくるバイタリティはありえないくらいすごいと思うし、ニューヨーク時代の作品を見るだけでも作品数があり過ぎるんです。急に魔法みたいに全部出てきたんじゃないかっていうぐらいで、数がめちゃくちゃ多くてしかも鮮度がある。自分の場合は今回、草間さんのソフトスカルプチュアみたいな形状のかもめを300体つくりましたが、それが限界でした。

展示風景より

──でもこの展示では、かもめとライオンだけではなく、作家たちがサッカーをする映像やペインティング、舞台で行うパフォーマンスも含めて、多様な表現を集結させたインスタレーションとして見応えがあります。

 自分は高校の頃に漫画家になりたくて、絵を描けるようになりたくて地元の三重県で美術研究所に通ったんです。そこの先生がすごく変な人で、高校の頃にはプロレスラーを目指していたから鍛えていて体はゴツくて、大学を出て役者をやって、お笑いもやって、デザイナーの仕事もやって、テレビにも出たりして。あるときパフォーマンスアートをやったら評判になって、それで絵を描き始めたという人なんです。そして地元に戻って美術研究所を開いたという。その先生がやっていることが面白くて、その影響なのか知りませんが自分もお笑いやったり、役者もやったりしています。あと寺山修司とか三島由紀夫とか、役者もできて方法を問わずに表現できる人に自分は憧れていて、現代美術はいろいろなジャンルを取り込んで表現できるので飽きのこない魅力を感じています。

 そしてインスタレーションにすれば、色々とつくったものをひとつの内容に回収できる懐の深さがあります。いろんな見たり聞いたりして考えたことが頭のなかにあったら、それをかたちにすれば全部がそこでつながる設置芸術としてとても懐が深い。まだ自分の考えていることの一部しか表現できていませんから、もっと広い世界を表現できるインスタレーションをつくれるようになりたい。そして、自分が何かひとつのメッセージを発信するわけではありませんが、説得力ある作品にはしたいと思っています。必然性のある物体が集まって、それが関係しあって話が展開しているような完全な世界をつくりたいみたいな欲望があるので。

田中義樹

編集部

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