名古屋駅から電車で20分ほどのエリアにある港まち。ここが、11月10日まで行われているアートイベント「アッセンブリッジ・ナゴヤ 2019」の舞台だ。今回はそのなかから、6組のアーティストが参加する現代美術展「パノラマ庭園―移ろう地図、侵食する風景―」を中心に見どころを紹介する。
本展のアートプログラムディレクターは、服部浩之、青田真也、吉田有里の3名。「アッセンブリッジ・ナゴヤがスタートしたのが2016年。それからいままで、空き家が増えたりお店がなくなるいっぽうでは高層マンションができたりと、港まちの風景はどんどんと変わっていきました。そんな町一帯を庭園に見立て、アートを通して庭園をつくっていくというコンセプトで展覧会を構成しました」と、ディレクターのひとりである吉田は話す。
まずは訪れたい「港まちポットラックビル」
端から端まで徒歩15分ほどの港まちエリアを、作品を訪ねて散策するのが本展の鑑賞スタイル。総合案内所と展示会場を兼ねる拠点となるのが、築地口駅すぐそばの「港まちポットラックビル」だ。このビルでは、青崎伸孝、折元立身、山本高之の3名が各階で展示を行っている。
顔一面にパンを付け各地の人々と交流する路上パフォーマンス『パン人間』や、自身が介護するアルツハイマー症の母親を題材にした「アート・ママ」シリーズで知られる折元立身。本展で折元は、世界各地で展開してきたプロジェクト「おばあさんのランチ」(2006-)の記録写真や映像、ドローイングを展示中だ。
自身の母と同じように、様々な時代を乗り越えてきた女性への尊敬と感謝、賛美を込めて女性たちをランチに招待するこのシリーズは、食の場の共有を通して生み出される、喜ばしく晴れがましい光景が強い印象を残す。10月8日には、港まちの女性たちを招いて「おばあさんのランチ in 港まち」を実施、その様子を記録したドキュメント作品も発表されるという。
その上の階では、「教育」をテーマのひとつに、子供とのワークショップにもとづく映像作品や、普段意識されることのない社会の制度や慣習、個人と社会の関係性を問う作品を制作してきた山本高之が幻の「名古屋オリンピック」にまつわる作品を発表している。
1988年オリンピックの開催地となるべく誘致活動を展開した愛知県と名古屋市。2017年、山本は「名古屋オリンピック・リサーチ・コレクティブ」を立ち上げ、人々とともに継続的にリサーチを行なってきた。そこで明らかになった、推進・反対派の活動や複雑な歴史、そしてオリンピック構想の挫折後、代替イベントとして行われた「世界デザイン博覧会」に関する資料、作品などが出品される。1974年に愛知県に生まれ、狂騒のなかで幼少期を過ごした山本が「平成」や「オリンピック」を達観的に語るステートメントも必読だ。
なお1階では、青崎伸孝による映像作品が展示されているが、この作品はとある場所から見える風景につながっている。映像を記憶に留めながら、町のなかへと歩みを進めたい。
空き家を活用した展示スペース
商店街の旧・ガラス店で展示を行うのは、社会で見過ごされてきた出来事や歴史をリサーチし、女性の立ち位置、既成の視点を問う作品を手がけてきた碓井ゆい。18年より港まちの女性と労働についてリサーチを始めたという碓井は、1972年に港保育園で保育者や園児の環境を守るために起こった運動「自主管理闘争」に着目。この運動から着想を得て、自身初となるインタビュー形式のリサーチや資料収集を行い、「保育」に関する新作を制作した。
会場に並ぶのは、当時の運動で掲げられたスローガンやイラストを保育士の象徴=エプロンに縫い付けた作品をはじめ、保育園で用いられた園児用のスモッグを起点としたインスタレーション、資料の数々。これだけの写真や資料が集まったことにも驚かされるが、背景には当時の港保育園で保育に関わった人々の協力があるという。加えて、今回の新作は港まちの住人らからなる「みなとまち手芸部」も制作協力を行っており、展示全体からは保育における共闘とともに、人々の協働も見えてくる。
いっぽう、大規模個展さながらの様相を呈しているのが、日用品や写真などのイメージ、自作のオブジェなどからなる状況を絵画化する千葉正也の展示だ。千葉は、税関の職員研修のための旧・寄宿舎のほぼ全室を使い、滞在制作による新作45点を発表している。様々な場所に書かれた「?」のマーク、作品を読み解く指示書のような絵画や、虚実の入り混じる映像、作品としての備品たち。2階建ての各部屋を、ハンドアウト片手に作品を求めてくまなく探索するうちに、鑑賞者自身が作品の一部として取り込まれるかのような感覚がもたらされる。
《NUCO》でひと休み
町歩きの休憩におすすめなのが、「コーヒーのある風景」をテーマにアートやデザイン、建築、民藝まで、領域横断的な活動を行う小田桐奨と中嶋哲矢によるユニット「L PACK.」作の《NUCO》(2019-)だ。
《UCO》(2016-18)を前身に、通称「うしお」として親しまれるこの場所は、もとは編み物教室だった建物を再活用した、人々の社交場。1階のカフェではLPACK.が焙煎したコーヒー、桃、梅などのフレーバーが楽しめるクリームソーダや軽食などを楽しめ、2階では取り壊された《UCO》に関するアーカイブを見ることができる。
青崎伸孝は6ヶ所で作品を展示
今回、参加作家では最多となる6ヶ所の会場で展示を行っているのが、ニューヨークを拠点とするアーティストの青崎伸孝。日常のなかでの発見や、街で出会う出来事との接点から作品を生み出す青崎は、港まちに約2ヶ月間滞在。身の回りの出来事を観察し、人々の営みから生まれた「落とし物」をもとに作品を制作した。
まず紹介するのは、公設市場の一角を使った「スーパーギャラリー」に展示される《予想と計算》(2019)。壁一面を埋め尽くのは、ギャラリー近くの場外舟券売場「ボートピア名古屋」で青崎が拾ったレース券と、そこに書かれた数式のような文字列。その多くがボートレースの勝負のゆくえを予想したと思しき数字や暗号だが、なかには几帳面に枠線を書く者、友人との待ち合わせメモとして活用する者、「これで大丈夫」と願掛けを思わせる言葉を記す者まで、意外にもバラエティに富んでいることがわかる。熱心に鉛筆を走らせる人々の表情が想起される作品だ。
その奥には、青崎がボートピア名古屋で日々出会った人々を描いた《ボートピアの人々(ドローイング)》も並んでいる。
本作と同様に、落とし主の顔が浮かび上がってくるのが、空き倉庫「内藤ガレージ」で作品される作品群。青崎が街で拾った買い物メモをもとに商品を買い揃え、メモの持ち主のポートレイトを構成する「Groceries Portraits」、バス停名前や駅名が記された乗り換えメモを青崎が実際に巡ってみる「Lost in Translation」など、代表シリーズの港まちバージョンがここでは展示されている。
いっぽう、港まちで暮らす人々の「声」を拾うのは、街を一望する「名古屋港ポートビル展望室」で発表する《Overhead Conversations Minatomachi》(2019)。ノートの一面に迷路のように書かれるのは、港まちに点在する喫茶店で繰り広げられる会話たち。書かれた内容は断片的でありながらも、このエリアで暮らす人々の日々の生活や表情が立ち上がってくる。同所では、据え付けのコイン式望遠鏡を覗くことで初めて目視できるユニークな作品《Overhead Conversations through telescope, Minatomachi》(2019)もあるため、こちらも見逃さずチェックしてほしい。
そして、この展望室から見える風景は冒頭の「港まちポットラックビル」での映像作品のモチーフであり、喫茶店の「声」ではなく「構造」に注目したつくられた別作品は《NUCO》の1階で《みなとまちの喫茶店》(2019)として展示されている。こうして、作品を見ていくうちに点と点がつながっていくような発見ができるのも、今回の青崎作品の注目ポイントのひとつだろう。
青崎は本展への参加について次のように話す。「今回、港まちに2ヶ月間滞在して制作を行いました。これまでの作品と比較すると、よりその場に踏み込んだ作品が揃ったように思います。また、僕はずっとニューヨークで作品を制作してきましたが、そこから離れて自分がどんな作品をつくるのか、発見と自信も得ることができました」。
音楽プログラムにも注目
現代美術展に加え、「アッセンブリッジ・ナゴヤ」の見どころとなるのが多彩な音楽プログラムだ。取材時には、分野横断型プログラム「サウンドブリッジ」のひとつとして、韓国を拠点とするシンガーソングライター、イ・ランのコンサートがポートハウスで行われた。
イ・ランの歌とギター、そしてイ・ヘジのチェロの音色が響き渡る会場の背景に見えるのは、今回のために特別にライトアップされた船。ここでのみ実現できるロケーションのなか、老若男女が演奏を楽しんでいた姿が印象に残った。
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各作家の展示や作品が独立しているのではなく、「港まち」を中心に有機的に関係し合う本展。そうした作品を通して町の姿をより立体的に感じられる感覚は、実際に訪れてみて初めて得られる稀有な体験と言えるだろう。会期は11月10日まで。町歩きにはぴったりの気候の到来に合わせて訪れてみほしい。