2002年にスタートした韓国を代表するアートフェア「韓国国際アートフェア」(Korea international art fair Seoul)、通称Kiaf SEOULが9月6日に開幕した。会期は9月10日まで。
今年のKiafも、昨年に引き続きフリーズ・ソウルと同時開催。会場も両者ともにソウルの大型展示場・COEXとなる。フリーズ・ソウルに比して韓国国内のギャラリーを中心としたアートフェアという色が濃いものの、引き続き海外の中堅や若手ギャラリーも名を連ねている。昨年とほぼ同規模となる210ギャラリーが20ヶ国より参加し、日本からもアートフロントギャラリー、Biscuit gallery、メグミオギタギャラリー、鎌倉画廊、みぞえ画廊、ギャラリーQ、SH Gallery、TomuraLee、ギャラリー椿、ホワイトストーンギャラリー、ユミコチバアソシエイツの10ギャラリーが参加している。会場の様子をレポートしたい。
まずは韓国の大手ギャラリーのプレゼンテーションを見ていきたい。ソウルのなかでもギャラリーが軒を連ねることで知られるサガンドン(司諫洞)。ここで50年以上にわたり韓国の美術を牽引してきたのがギャラリー・ヒュンダイだ。今回のKiafでは、ライアン・ガンダーの個展を開催。アーティスト本人も来韓した。
ブース内にはポルシェのEVスポーツカーの実車が鎮座しており、それだけでも来場者の注目を集めていた。車のボンネットをよく見ると小さな蚊がひっくり返り、時折動く姿を見つけることができる。ポルシェを巨大な資本主義社会の象徴として見立て、その上で死にかけている小さな蚊に、この社会で生きる人々への悲哀が込められている。
ソウルの老舗ギャラリーであるクジェギャラリーも、ウーゴ・ロンディノーネによる個展形式のプレゼンテーションを展開した、スイス出身でアメリカで活動するロンディノーネは、「あいちトリエンナーレ2019」に出品したカラフルなピエロたちによるインスタレーション《孤独のボキャブラリー》でも馴染み深い。
ロンディノーネがそのキャリアのなかで幾度も繰り返し制作してきた馬のモチーフ。今回出品されたガラス彫刻は内部に液体を湛えており、それぞれの作品名には世界中の海の名がつけられている。また夕日をモチーフとした平面作品群も一堂に展示されており、世界をマテリアルからとらえようとするロンディノーネの作風がよく伝わってくるブースとなっている。
韓国の著名2ギャラリーは、国内作家の海外作家の個展形式のプレゼンテーションを展開している。昨年よりフリーズ・ソウルと同時開催になり、棲み分けのためにも国外向けに韓国作家をプレゼンテーションする場という以上に、ギャラリーの価値をアピールするような海外作家の重厚なプレゼンテーションが実施されているととらえることができる。
幅広い世代の韓国アーティストを扱うのみならず、海外作家も取り扱い、丸山直文、鬼頭健吾、竹村京といた日本人も名を連ねるウソンギャラリー(WOOSON GALLERY)。韓国の現代美術において、多大な役割を果たしてきたチェ・ビョンソの作品をスペースを割いて紹介していた。1943年生まれのビョンソは、子供時代に朝鮮戦争を、大学生のときに朴正煕の軍事クーデターを体験しており、20世紀における韓国の歴史の転換点を見つめてきた。新聞という歴史を刻むメディアを支持体に、インクや鉛筆でドローイングを重ねることで対峙してきた重要な作家がプレゼンテーションされていた。
ロンドンを拠点とするHOFAは、韓国の女性作家として高く評価されているキム・イルファを紹介。城谷美術館や国立現代美術館にも作品が収蔵されているイルファは、数万の小さなユニットから作品を構成する作家だ。昨年は香港で開催されたフィリップスのオークションで、予想落札価格の3倍に落札価格が上がるなど、女性作家に改めて光を当てる流れのなかで、マーケットからの評価も高まっている。
00年代後半にかけてマーケットで高く評価されるようになった、パク・ソボ、クォン・ヨンウ、ソ・スンウォンといった作家に代表される「単色画(ダンセッファ)」の系譜が見いだせるような、ミニマルな抽象画も多くのギャラリーが出品。また、ナム・ジュン・パイクの立体作品も複数のギャラリーが展示するなど、韓国の美術のアイデンティティに根ざした作品も多く見ることができた。
いっぽう、日本のギャラリーはKiafのどこに魅力を感じて参加しているのだろうか。昨年に続いての出展となったメグミオギタギャラリーの深井吉紀は次のように語った。「昨年からフリーズ・ソウルとの同時開催となり、韓国のギャラリーをプレゼンテーションする場としての性格が強まったため、広く欧米に作家をアプローチしたい日本のギャラリーは、もしかすると出展を見送るようになったところもあるかもしれない。ただ、Kiafは中国・台湾・香港といった東アジアの野心的で目の肥えたコレクターが多く訪れる場ではあるので、弊廊のように東アジア各国のコレクターから支持される作家が多い国内ギャラリーにとっては、依然として魅力的な場所だ」。同ギャラリーはマーケットでも人気が高い土屋仁応とともに、アメリカ人アーティストのゲイリー・ベースマンの作品を日本に先がけて紹介していた。
アートフロントギャラリーのブースは、美術がともにある生活を感じさせる、リビングを模した野心的な会場の構成が印象的だった。なかでも、水戸部七絵の新作は、ニカワを塗った絨毯を支持体にペインティングするという新境地を開拓するもの。
また、茨城・坂東市で「あずま工房」を設立し、金属を組み合わせた作品をつくる東弘一郎も作品を出品。9月2日より始まった、歌舞伎町・王城ビルの「ナラッキー」の奈落の施工も手伝ったという東は、スチールとステンレスを丹念に加工し、台座からすべて自身でつくりあげたマルセル・デュシャンにオマージュを捧げる動く車輪の作品を展示している。
東京・原宿に拠点を構えるSH GALLERYは、活発なソウルのアートマーケットに注目し、今年6月にソウルにもギャラリーをオープン。ことしはにいみひろき、小泉遼、仲衿香、山口真人と国内のコレクターからも人気のアーティストを揃えていたが、VIP向けの初日から多くの作品が購入されていた。
韓国国内作家のプレゼンテーションの場としてだけでなく、各ギャラリーが東アジアを中心としたコレクターにプレゼンテーションを行うハブとして、フリーズ・ソウルと棲み分けようとしているKiaf。韓国のコマーシャルギャラリーの数の多さ、出品作品の多様さに驚かされるとともに、ソウルがアートハブとしての存在感をますます高めていくことを予感させるものであった。