日本美術の王道ともいえる「やまと絵」。その歴史を追い、日本美術の教科書ともいえる特別展「やまと絵―受け継がれる王朝の美―」が東京国立博物館で開催される。会期は10月11日~12月3日。
「やまと絵」を扱った東博の特別展としては、1993年の「やまと絵―雅(みやび)の系譜」以来、30年ぶりとなる本展。前回は平安から江戸時代を扱っていたが、本展では平安から室町時代に絞ったうえで、その系譜を追う。
報道発表会が行われた3月23日の時点では国宝51件、重要文化財125件の出展が決まっている。四大絵巻(《源氏物語絵巻》《信貴山縁起絵巻》《伴大納言絵巻》《鳥獣戯画》、すべて国宝)、神護寺三像(《伝源頼朝像》《伝平重盛像》《伝藤原光能像》、すべて国宝)、三大装飾経(《久能寺経》《平家納経》《慈光寺経》、すべて国宝)という名品を、入れ替えながらも同じ会場で展示を行う。とくに四大絵巻がそろうのは前回のやまと絵の展覧会以来なので、じつに30年ぶりになるという。
本展を担当する東博の学芸研究部調査研究課 絵画・彫刻室長である土屋貴裕は、「やまと絵」を理解するためにはふたつのポイントがあると語る。ひとつは「やまと絵」とは中国美術の対概念であり、単独では成り立たないということ。もうひとつは、時代によって「やまと絵」の概念が変化するということだ。
大陸より直に輸入されていた飛鳥・奈良時代の「唐絵」は、平安時代に日本化する。例えば、現存最古のやまと絵屛風、京都・神護寺にある国宝《山水(せんずい)屛風》(13世紀、鎌倉時代、展示期間10月11日〜11月5日)は、現存最古のやまと絵屛風だ。いっぽう、京都国立博物館の国宝《山水屏風》(11世紀、平安時代後期)は現存最古の唐絵の屛風となる。それぞれやまと絵と唐絵を代表する代表的な作例だ。このふたつの様式は近似しているが、やまと絵は日本の風俗を描き、唐絵は中国風の人物が描かれていることが異なる。さらに、遠近表現にも違いがあり、唐絵は手前の人物を大きく描いて遠近が感じられるが、やまと絵は奥行きの表現に差異がなく、さながらコラージュのように構成されている。やがて鎌倉時代以降は「漢画」という言葉が現れ、水墨画をはじめとする様式を漢画、唐絵から引き継いだ伝統的な彩色画をやまと絵と呼ぶようになる。
このように、つねに国外との関係性によって定義されながらその概念を変化させてきたのがやまと絵だ。展覧会の序章となる「伝統と革新─やまと絵の変遷─」では、唐絵、漢画とやまと絵を比較しながら、こうした概念の変化についての理解を深める。
1章「やまと絵の成立─平安時代─」では、平安時代のやまと絵に見られる、貴族の美意識を追う。静嘉堂文庫美術館蔵の国宝《和漢朗詠集 巻下(太田切)》(11世紀、平安時代、展示期間11月7日〜12月3日)は、中国製の唐紙をベースに、やまと絵風の下絵を描き、さらに和歌を漢字とかなで記しており、平安時代の和と唐の要素の混然を象徴するような作品だ。
また、大和文華館所蔵の国宝《寝覚物語絵巻》(12世紀、平安時代、展示期間11月7日〜11月19日)は、植物等に心情を投影させながら恋愛模様を描くという、平安後期らしい表現が見て取れる。
2章「やまと絵の新様─鎌倉時代─」では、鎌倉時代においてもやまと絵を担っていた宮廷貴族社会に着目した展示を行う。土屋は「鎌倉時代は武士の時代になり写実的な美術が発達したと言われているがそれは誤りだ」と指摘する。この時代のやまと絵は、写実性に関心を払いながらも、人物や風景の理想化が進行。王朝時代を追慕するとともに、水墨による表現が漢画として輸入された結果、やまと絵がより独自のものへと変化していく。
例えば、断簡され日本各地に収蔵された《佐竹本三十六歌仙絵巻》(13世紀、鎌倉時代)は和歌の名手を描いているが、それらは過去の人物を強く理想化したものだ。また、春日大社の参道を描いた南市町自治会の重要文化財《春日宮曼荼羅》(13世紀、鎌倉時代)は仔細に描かれてはいるものの、これもコラージュのように建物の大きさが均一的になっており、理想化されているという。
3章「やまと絵の成熟─南北朝・室町時代─」では、水墨画に対抗するかのように、多彩な色目と金銀加飾を使うようになったやまと絵を紹介。広島・浄土寺の国宝《源氏物語図扇面貼交屛風》(16世紀、室町時代、展示期間10月11日〜11月5日)は、画面の隅々まできらびやかだ。また、文学も様々に発展したのがこの時代となる。優れた画技が見られる重要文化財、伝土佐光信筆《百鬼夜行絵巻》(16世紀、室町時代、京都・真珠庵蔵、場面替えありで通期展示)や、和歌のフレーズを隠す葦手という手法が特徴の東博の重要文化財《砧蒔絵硯箱》(15世紀、室町時代)など、時代を象徴する名品が集う。
また、サントリー美術館所蔵の重要文化財、伝土佐広周筆《四季花鳥図屛風》(15世紀、室町時代、展示期間11月7日〜12月3日)は、明の花鳥画を遠近感を廃して描いたうえで金装飾がなされており、和の美術が漢の美術と融合していった典型例といえる。こうした作風は、江戸時代の狩野派へとつながっていったという。
4章「宮廷絵所の系譜」は、平安時代以来、やまと絵を担ってきた宮廷絵所絵師の系譜を追う。注目は、ほぼ半世紀ぶりの出品となる住吉如慶他筆の《年中行事絵巻(住吉本)》(1661頃、江戸時代、巻替えありで通期展示)だろう。原本は平安時代末に後白河天皇の命令でつくられた、宮中や都の儀式行事祭礼を描いた宮廷絵師・常磐光長による絵巻で、原本焼失までに写された貴重な作例だ。
ほかにも、織田信長に仕えて戦死し、土佐家の最後の絵師となった土佐光元によるものとされる《源氏物語図扇面》(16世紀、室町時代、東京国立博物館蔵、展示期間10月11日〜11月19日)など、宮廷で続いてきたやまと絵の系譜を明らかにする展示となる。
終章は「やまと絵と四季─受け継がれる王朝の美─」で、やまと絵において描き続けられてきた四季の景物に焦点を当てる。東博の重要文化財《月次風俗図屛風》(16世紀、室町時代、展示期間10月11日〜11月5日)や《日月山水図屛風》(16世紀、室町時代、展示期間 日図10月11日〜11月5日、月図11月7日〜12月3日)など、月ごとの行事や風物を描いた画によって、展覧会を締めくくる。
まさに日本美術の系譜を総体として明らかにしようとする展覧会だ。現在も展示作品の選定が続いており、いまから期待が高まる。