現在『週刊少年ジャンプ+』で連載中の人気マンガ『SPY×FAMILY』は、コミックスの表紙や作中において近代の名作椅子が登場することでも知られている。そこで武蔵野美術大学 美術館・図書館の企画展「みんなの椅子 ムサビのデザインⅦ」に展示された、時代や各国の趣向が垣間見える数多くの名作椅子のなかから、今回は『SPY×FAMILY』に描かれている椅子をピックアップし、紹介する。
コミックス1巻の表紙には、ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンら建築家によって制作された《グランコンフォール No.LC2》が描かれている。同作はクッションを5つ金属のフレームにはめ込むという単純な構造となっており、体全体がすっぽり収まるような座り心地を味わうことができる。
5巻の表紙に描かれた《バルセロナチェア No.250》はシンプルかつ脚の曲線が美しい魅力的な椅子だ。これはドイツの建築家、ミース・ファン・デル・ローエによってデザインされたもの。1929年のバルセロナ万国博覧会でミース設計のドイツ館に来館するスペイン国王がくつろげるように、そしてその空間ともあった高級感あふれる椅子を目指して制作された(だが、当初の目的であるスペイン国王はドイツ館を訪問しなかったと言われている)。
7巻の表紙に描かれるのは、背もたれの格子が特徴的な《ウィロー No.312》だ。これはスコットランドのウィロー・ティールームという小さなレストランの給仕者のために制作された椅子。座る人を囲むように設計された背もたれは、入り口と客席を仕切るパーテーションの役割を果たしている。座面の奥行きが狭く、座り心地が良いとは言えないが、その背もたれの格子が独特な存在感を放つ、アイコニックな椅子である。
こちらは、20世紀近代椅子発展の端緒を築いたと言われている建築家、デザイナーのジョージ・ネルソンによる《ココナッツ・チェア》だ。家具メーカー・ハーマンミラーから販売されたこの椅子は、ココナッツの実から種を取りだした状態のかたちに似ていることから名付けられたと言われている。こちらのピンクバージョンが9巻表紙には描かれている。
20世紀工業デザインに大きな影響を与えた、チャールズ・イームズ。その代表作《イームズラウンジチェア No.670-L》はノックダウン方式(パーツをバラバラにして輸送し、現地で組み立てる方式)を採用。5本脚の椅子は世界的にこれが初期のものだ。羽毛を使用した牛革のクッションとその形状が座る者をよりリラックスさせてくれる。こちらは8巻の表紙に登場している。
雲のような曲線が特徴的な《ラ・シェーズ》。3巻の表紙に描かれたこの椅子は、イームズ夫妻が彫刻家のガストン・ラシェーズによる作品《浮かぶ姿》と調和することからこの名が付けられた。FRP(強化プラスチック)の造形の可能性を椅子という分野において彫刻的に展開した例でもあり、金属の脚でFRP部分を支えていることによって、空を飛ぶ雲のような軽快な印象を与えてくれる。
宇宙船のような未来的なフォルムが特徴の《グローブ》は、フィンランドのインテリアデザイナー、エーロ・アールニオによるもの。周りが全て囲まれており、人を完全に包み込んで、周囲と隔絶した空間を生み出すというユニークな考え方は当時から新鮮な目で迎えられていたという。こちらが描かれているのは4巻だ。
10月4日に発売される『SPY×FAMILY』10巻の表紙には、いままでの流れを断ち切るように椅子が描かれていないが、同日より開始するアニメ2期にも期待が高まるばかりだ。
なお、武蔵野美術大学 美術館・図書館の企画展「みんなの椅子 ムサビのデザインⅦ」の開催にあわせて制作された、特設サイトでは、作品情報が一覧できるほか、解説動画などのコンテンツを公開している。展覧会会期後もアーカイブとして残されるので、より近代椅子の魅力について知りたいという方にはぜひとも活用してもらいたい。