インスタレーションやパフォーマンスなど複数のメディアを横断しながら、物事の価値付けや選別基準にまつわる制作を行う久保田智広。そして絵画を通じて、何気ない風景のなかにある空気感や存在感の視覚化を試みる畑山太志。現在、このふたりの展覧会「attunement」が、東京都台東区のThe 5th Floorで開催されている。会期は10月18日まで。
近年の久保田は、主にモノを捨てるというありふれた行為を通して、個人的な状況や実際の出来事をベースに展開。身近なモノから美術館に代表される公共財まで、様々な「所有」にまつわる集団的判断のプロセスの可視化を実践すると同時に、共同体の未来における財産/負担という普遍的な問題について様々な射程から考察を深めている。これまでに「遊園地都市の進化-スクワット作戦会議 in 渋谷」(RELABEL Shinsen、東京、2020)、「GRAPHICA CREATIVA 2019“PUBLISH OR PERISH”」(Jyväskylä Art Museum、ヘルシンキ、2020)など話題の展覧会に参加。代表作に、東京大学の食堂に飾られていた宇佐美圭司の絵画が、生協により無断で破棄された事件を題材にした《Decision in the Hospice》(2020)がある。
いっぽう畑山は、知覚の外側ではない本来身体が持っているはずのありのままの知覚を「素知覚」と呼び、これを手がかりに目に見えない世界を表象する画家だ。近年は、自然の様々な現象が持ちうる環世界から、植物が多様な生物とともに形成するネットワーク、デジタルやAIまでを含む現代における新たな自然まで、多様なモチーフをベースに作品を展開。視覚ではとらえることができないものの、自然の場にたしかにある「気」のような存在を、白いキャンバスに白色の筆致を重ねて描いている。主な展示に、「神宮の杜芸術祝祭」(明治神宮ミュージアム、東京、2020)、「素知覚」(EUKARYOTE、東京、2020)などがある。
本展は、岩田智哉がキュレーション。カリブ海のマルティニーク出身の詩人エドゥアール・グリッサンが提唱した「共与(ドネ=アヴェク)」の実践をモデルに、久保田と畑山の表現を通して他者理解の可能性を探る内容となっている。『〈関係〉の詩学』(2000)において、グリッサンは、自己中心的な理解のモデルに対して自らを他者に委ねるような理解のモデルである「共与(ドネ=アヴェク)」を提案した。これは他者を起点にした理解の方法であり、すでにある「他/多」に対して自らを重ね合わせることを意味する。
本展で久保田は、「何を残すか/残さないか」という未来における財産/負担をめぐる問題に向き合い、そのプロセスにおける自らを「多」の一部として重ね合わせる意識のあり方を提案。畑山は、白という禁欲的な色彩と大胆な筆致を通して、自然の場に潜む「気」のような存在を画面上に浮かび上がらせる。描かれていない画面の外の空間も前景化する絵画は、空間に身を浸すような感覚へと鑑賞者を誘い、「自」と「他」の境界を揺るがす。
多くの人が、境界を定めることで他者との関係性のなかに自らを位置付ける今日。本展では、久保田と畑山それぞれの表現を通じて、自己と他者との間に横たわる様々な差異をほぐし、他者理解の方法を考え直すことが目指される。