オーストリア・ウィーンの美術家、ビルギット・ユルゲンセンをご存知だろうか。1970年代に世界各地で起こったフェミニスト・アヴァンギャルド運動の重要な役割を担っていたというユルゲンセンは、作品制作においても、ジェンダーや家庭主義などといった同時代的な社会問題を強く意識。シュルレアリスムの要素を含んだ図像やアカデミックな製図法を用いた独自の作品スタイルで、当時の保守的なアートシーンに一石を投じた。
そんなユルゲンセンの個展が、9月28日に青山のファーガス・マカフリー東京で開幕した。本展では、ウィーン応用美術大学卒業後の活動初期から90年代前半までの、ユルゲンセン作品の変遷を辿ることができる。
71年から78年にかけて制作されたドローイングには、動物の牙やナイフ、紐といった神話を彷彿とさせるような古典的モチーフが多く登場する。例として《To Cut Through the Knot》(1976)では、計画的なグリッドの上から、まっすぐ伸びた腕がナイフへと変容し、紐を断ち切る様子が描かれる。
モチーフ固有の記号的要素を抽出して描写し、それらが淡々と配置されている画面は、社会に蔓延る冷たい合理性の比喩のようだが、そういったアイロニカルな画題に対して、支持体は手漉きの紙で一貫されている。額縁の中で紙の四辺が軽く波打ち、空気を孕んだような風合いが、画題とのユニークなギャップを演出していた。
きめ細やかなリネンにモノクロ写真が印刷されたシリーズ「Untitled(my nephews)」は、80年代後半に発表されたもの。同シリーズでは、多重露光・化学処理・光投影法といった写真技術を駆使し、時間や色彩などの特定性を失った画面を展開している。
ダークトーンのなかに白く浮かぶ朧気な人体の輪郭は、画面のサイズに対して不自然な大きさで構成されていることもあり、身体の「不在」を象徴し、同時に「不在」によってその存在を強く訴えてくる。初期のドローイングよりもさらに記号的となった同シリーズは、その構図において、身体が持つ滑らかな抽象美が存分に生かされており、それはシュルレアリスムの視覚言語への探求の延長にも感じうる。
90年代前半のコラージュ作品は、西洋彫刻のほかハリウッド映画のスチールや雑誌から引用された大衆的なイメージが、ストッキングのような薄い網状の布で覆われたもの。作品と鑑賞者との間に透明の素材の層が介在する同シリーズは、見る角度によって表面が揺らぐ不思議なテクスチャーを持っており、「平面作品」というよりは「平面的なオブジェ」のような印象が強い。
各時代における社会的なイメージをサンプリングし、再結合した作品によって、「表象」「オリジナリティ」「流用」への強い関心を示したユルゲンセン。それらの作品には、当時の不安定な社会状況とともに揺れていたアートシーンが写し取られると同時に、シュルレアリスム、ソラリゼーション、ポップアートなど古くより確立されてきた屈強な美術史的伝統も散りばめられていた。