音楽業界で培ってきたノウハウを活かす
──まず加藤さんにフェアの母体である「MEET YOUR ART」について伺いたいのですが、音楽を中心にエンタテインメントを取り扱ってきたエイベックス・グループで、アートを扱うことになった経緯から聞かせていただけますか。
加藤信介(以下、加藤) エイベックスは色々な事業を展開していますが、会社の中心にヒットコンテンツがあり、多様な人気者がいることが一番重要です。それがすべての事業の求心力になります。私はそのなかでビジネス・デベロップメントを担ってきて、どう貢献できるかを考えてきました。そこで以前から着目していたのが、アートです。
もちろん本人の努力や才能によるものではありますが、音楽業界には配信できるメディアがいくつもあり、全国のライブハウスや音楽フェスなど、発表できる場もすごく多いと思っています。そういう目線でアート界を見ると、すごく才能のあるアーティストであっても、作品や考え方を発表し、作品を販売できる場が限定的です。日常にアートを取り込みたい、アートの思考を取り入れたい、と思っている人はとても多いにもかかわらず、です。そこに音楽業界で培ったノウハウで、価値貢献できないかと考えたのが最初のきっかけです。
音楽とアート、ファッションなどの領域はすごく近くに存在し、密接に関係しています。でもアートの世界には、敷居が高いと感じさせる部分もあります。私たちのノウハウを活用することで、音楽やファッションに興味ある人もアートの世界に引き込むことができないか、ブリッジをつくれるのではないかというイメージがありました。
──そこからどのように事業展開を考えたのでしょうか。
加藤 国内のアートマーケットは盛り上がりつつあるいっぽうでまだまだ限定的なので、どうやってムーブメントを起こし、空気をつくっていけるかが大事です。中長期的にはアーティストエージェントやマネジメントも視野に入れていますが、まずはおこがましくもアート業界にどのように価値貢献できるかと考えたときに、メディアやイベントから進めることにワクワクできると考えました。
──YouTubeチャンネルを2020年12月に立ち上げ、着実にビューワー数を増やし、アーティストやギャラリーとの関係を築かれました。そして昨年5月には、恵比寿ガーデンプレイスで開催した「MEET YOUR ART FESTIVAL 2022 ‘New Soil’」が大盛況を博し、話題にもなりました。
加藤 「MEET YOUR ART FESTIVAL」を開催したことで、すごくポジティブな反応を多くの方からいただきました。メディアとリアルイベントを中心としながらOMO(Online Merges with Offline=オンラインとオフラインを併合)で展開していくという私たちのイメージしていた方法は、大きく間違っていなかったんだとこのイベントで実感しました。今後に関しても、色々なことに手を出して複合的になるのではなく、まずは、すでに立ち上げたものの最大化をピュアに追い求めるのが正しい進み方だと感じています。
アートと音楽の領域を横断する複合的な企画
──今回の「MEET YOUR ART FAIR 2023『RE : FACTORY』」でも、「たえず隣接し、共創してきたアートと音楽のコラボレーション。アートフェアの新たな体験へ」とコンセプトに記されていて、メインアーティスト/アーティスティック・ディレクターに大山エンリコイサムさんを迎えられました。大山さんに依頼された経緯をお聞かせください。
加藤 私たちがイベントを開催するときの共通のテーマは、領域を横断することです。とくに今回はアートと音楽の横断。私は大山さんの作品が大好きなんですが、大山さんのルーツには音楽やクラブでのライブペインティングがあって、ストリートカルチャーやエアロゾルライティングが表現のベースにありながらも独自の手法を確立して現代美術の中心で活躍されている。さらにメディウムも表現の場所も、領域を横断して活動されていて、まさに今回のイベントを通して実現したいことを体現されている存在だと考えてご一緒したいと思いました。つくりたい世界観がある程度私のなかでイメージできた頃に、大山さんに相談させていただきました。
大山エンリコイサム(以下、大山) 加藤さんたちの新しいオーディエンスをアートの世界に取り込んでいくというヴィジョンはすごく重要だと思います。ストリートアートではすごくオーディエンスを意識するんですよ。街のどこにかくと人が見るのかを考えますし、地下鉄の車両にかくことにしても、街を横断することで地域の色々な人の目に触れるわけです。オーディエンスへのアプローチについてはすごくシンクロします。
──では、「RE: FACTORY」のコンセプトでどのような表現ができるか、大山さんのなかでどのようにイメージが広がりましたか。
大山 「RE: FACTORY」という名称は、ニューヨークにあったアンディ・ウォーホルの「FACTORY」と呼ばれていたスタジオに由来しています。明確にニューヨークやナイトライフと言い切ることはできないかもしれませんが、アーバンな夜の集まりみたいなイメージは最初にありました。実際には日中にアートフェアを開催するわけですが、夜には音楽のライブもありますし、「MEET YOUR ART FESTIVAL」がファミリーも集まれるような昼の顔だとしたら、「RE: FACTORY」は半分夜の顔も含んだ、大人の社交場的なイメージもあるイベントだと考えられます。
私もかつてはクラブでライブペインティングをすることが多かったですし、自分のキャリアのそばには音楽がつねにありました。なので、最初に話をいただいたときから想像はしやすかったですね。
──アーティスティック・ディレクターでメインアーティストという立場についてはいかがですか。
大山 私は作家として制作することが活動の基本ですが、いっぽうで、批評や出版の活動もしています。以前『美術手帖』で、誌上キュレーションというかたちで誌面の見開きをひとつの部屋に見立て、テーマを決めて作家を並べる誌上展覧会をやりました。
そうしたなかで、批評的な視点を示すことで自分のヴィジョンを表現できると感じ、キュラトリアルな仕事にもとても興味をもちました。今回はとくに、美術館の展覧会ではなくアートフェアで、それも音楽のライブと結びついた複合性のある企画だったので、自分にとってもフックが多く、このような話をいただけてとても嬉しいです。
リズム感を生み出す会場構成
──ウェブサイトに書かれた「エキシビション型アートフェア」とは、どのような形式なのでしょうか。
大山 これは途中から出てきた言葉なのですが、通常のアートフェアはギャラリーが参加し、ブースをもつ場所ですよね。ギャラリーが主役のイベントだともいえます。展覧会は作家が主役であることが多いので、ギャラリーが注目を浴びる場にはとても重要な意義があります。
いっぽうでアートフェアの機能がいま、とても拡張しています。以前はシンプルに作品を売る場所でしたが、いまでは大きなフェアでは通常のブースとは異なる特別展示のようなかたちでスケールの大きいインスタレーションが設置され、また多忙な有名キュレーターは、多くの作品を一挙に見れるアートフェアで最先端のトレンドや動向をチェックするなど、作品を発表する場所としてもフェアは機能しています。
今回は参加作家をセレクトして、作家ひとりにひとつのブースを使ってもらいます。そこで何をするか。発表の場所として実力が問われるアートフェアになると思っています。それで直接オーディエンスとのつながりが生まれて、ダイナミズムや来場者のアートへの関心が生まれれば、フェアとしては成功なのではないかと思いますね。
加藤 加えて、私たち音楽業界にいると、基本的に事務所やレーベル推しというのはあまりなくて、ミュージシャン個人やグループの名前が立っているのが通常です。アートの世界でも展覧会の場合はそうですが、アートフェアだと違いますよね。
「MEET YOUR ART」を始める以前の私も足を運んでいましたが、アートフェアではギャラリーがブースを設け、キュレーションして何名分かの作品を見せてくれる世界観は素晴らしいものではあるんですけど、知識がない立場からすると少しわかりづらいものです。やはり私たちが開催するイベントでは、アーティストの個を立てていきたいと思っていたので、音楽に興味があったりデザインに興味があったり、どんなレイヤーの人が来ても出展アーティストに対する理解が深まるというのは、狙いとしてあります。
大山 作家選定でもそこは重視しました。フェアである以上、作品を売ることはひとつの軸として考える必要があります。しかし、小ぶりで壁にかけやすい作品だけが集まったからマーケットが盛り上がるかというと、そうは限りません。今回はインスタレーションの作家もいれば、物質を伴わない映像の作家もいます。それで来場者がアーティストを知ってアートへの興味が深まれば、独自で面白いアートフェアになるはずです。
私の好きな作家にアメリカ抽象表現主義のバーネット・ニューマンがいるのですが、すごく大きなキャンバスを単色で塗り潰した絵をかくんですね。なぜかというと、こんなに大きかったら部屋に飾れないから、ブルジョワジーにも買えないだろうと答えたそうなんです。アートマーケットには、そういうコレクターの資本力とアーティストの野心の戦いみたいな面白さもあるわけです。だから一定の型から外れたアートフェアには、何かが起こる可能性があると思っています。
──通常のアートフェアであれば、定型のブースで区切られていますが、今回はどのようにキュレーションされましたか。
大山 美術館やホワイトキューブにしても、床に置く作品もあれば壁にかける作品もあり、規則性や動線があるにしても、少し複雑にキュレーションされていますよね。そのイメージに近くて、ある程度は定型的に区切られている部分もありますが、作品のサイズやタイプに違いがあるのでリズムや緩急が生まれます。隣り合う作品のメディウムやタイプが異質ではあるのだけど、並びとしては成立しているような、リズムがあって心地よく全体が進むグループ展のようなイメージをもっています。
加藤 メインアーティストでもある大山さんが、どういう作品を出展するのかも気になるところですよね。
大山 ニューヨークのミッドタウンに、Tower 49 Galleryというオフィスビルのエントランスロビーを使って展示するギャラリーがあり、2019年に個展をやらせてもらったんです。そのときに制作した作品を「RE: FACTORY」で展示するのですが、Tower 49 Galleryは壁面が非常に大きい空間なので、巨大なスケールの彫刻や絵画の作家ばかりが展示するんですね。
せっかくなので、その巨大な壁面をひとつで埋められるくらい大型の作品をつくろうとなり、それこそ売れるか売れないかも度外視してそれまでの自分にとってもっとも大きい幅18メートルの絵を仕上げました。アメリカってなんでも巨大なので自分もスケールで勝負しようと。
加藤 すごいスケールとインパクトなので、それだけでも来る価値はあると思います。
──「RE: FACTORY」の会場にどういうかたちで展示されるのかすごく楽しみです! それだけの規模の作品に圧倒されて、また音楽とのコラボレーションも楽しめて、同時に、自分に気に入った作品があれば購入もできるという、種類の異なるアート体験を同時にできるイベントとしても魅力的です。
大山 作品を購入することは、お金を払って対価として作品を得るわけだから、一般的に考えれば消費行動だといえますよね。でもアートに関しては、そこにコレクションという概念があり、もうひとつ別のレイヤーが生まれます。買うことで増えていき、コレクションとしてテーマが出てくると、それは表現に近づいていきます。
DJがレコードをたくさん所有して自分の音楽性を打ち出すのとも似ていますが、コレクションが増えるとそこにテーマ性を見出し、次にテーマを考慮して新しい作品を買うようにもなります。そうすると、やがてコレクション展が開催できるかもしれないし、購入することでアート界のプレイヤーになれる。それを望むか望まないかは個人にもよりますが、少なくとも購入がたんなる消費行動ではなく、自分自身の表現やアイデンティティの形成にもなっていくわけです。「RE: FACTORY」がそのきっかけになったら嬉しいですね。
加藤 日本で生活にアートを取り入れようと思っても(初心者からするとポスターを1枚買おうと思っても)、どこで買おうか探しにくかったり、作品購入との接点がすごく少ない気がしています。「RE: FACTORY」では、純粋にエキシビションとして鑑賞する楽しみ方もあれば、所有して普段の生活に彩りを与えるきっかけにできる可能性もあるし、適切な選択肢と機会を提供できる場にはしたいと思っています。
また、利便性やアプローチのしやすさを考えればECで作品を販売することも意味がありますが、リアルな場所にはオンラインにはない予定調和を超えた楽しさを生む力があります。音楽業界での経験に限らないですけど、圧倒的な熱量や場の引力みたいなものを生むことができるはずなので、リアルな場所でことを起こすことは大事にしていきたいです。
大山 「MEET YOUR ART」がすごいのは、YouTubeチャンネルにしても高いクオリティの番組をすごい量つくって、新しいオーディエンスに対してしっかりボリュームのある入口をつくっている。それだけではなく、その先も見越して、オンラインで作品を販売したり、リアルイベントも体力とパッションをもって実現している。すごく意義のある取り組みをされていると思います。
加藤 恐れ多いですが、愚直にやり続けるしかないですね(笑)。
※アートフェア初日の3月3日の夜に、大山エンリコイサムとNovel Coreのコラボレーションによる一夜限りの実験的ライブパフォーマンスが実施される(チケットはSOLD OUT、「MEET YOUR ART」YouTubeチャンネルで生配信を予定)ほか、アートフェア会場にてトークセッションも開催予定。多彩なプログラムをチェックして、東京・天王洲の会場に足を運んでほしい。