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幾何学模様の樹木を描き続ける、ベンジャミン・バトラーに聞く。

樹木や森、山といった自然の風景を題材に格調高さと親しみやすさが共存する、色彩豊かで抽象的な油彩画を、ベンジャミン・バトラーは長年にわたり制作している。2016年3月12日~4月23日に開催された個展に際し、確固たる信念で変わらぬテーマに挑み続ける作家に話を聞いた。

文=佐藤史織

展覧会会場にて 撮影=川瀬一絵

多彩な幾何学模様の樹木が織りなす絵画の歴史と普遍性

 ベンジャミン・バトラーは1975年アメリカのカンザス州で生まれ、2012年からオーストリアのウィーンで活動。一貫して樹木や森といった自然の風景を主題にした油彩画の制作を続けてきた。今回で5回目となる日本での個展「Trees Alone」では、《Untitled Tree》と題された新作絵画が同じような大きさで等間隔に並ぶ。麻色のキャンバスに幾何学的、平面的に描かれた木は、画面全体に広がるパターンのようにかぎりなく抽象化され、過去に発表した、目の覚めるような彩度の高い作品から一変、ダークな色彩によって落ち着いた雰囲気を醸し出している。

Untitled Tree 2016 リネンに油彩 50×60cm Courtesy of Tomio Koyama Gallery

「今回の個展では単体の木を描こうと決めたとき、キャンバスに木が一本佇むメランコリックな様子が思い浮かびました。個展名の一部である『alone』は物理的に一つであるということと、心理的に孤独であるという意味があります。よって見る人が木を純粋なイメージとして、あるいはセンチメンタルな対象としてもとらえることができます。今住んでいるウィーンの雰囲気も色調に影響しているかもしれません」。

 ウィーンに移り住む前にニューヨークで過ごした13年の間、約5000の展覧会を訪れ都市の活気を肌で感じることができたのは、バトラーにとってかけがえのない経験だったという。さらに、30代後半にその地から距離を置いたこともプラスとなった。「ニューヨークから離れることによって、今では私にとってもっとも重要であるスタジオでの制作に集中することができました。キャンバスではある一定のルールに従いつつ、心の赴くままにブラシを走らせるようにしています。いちばん最初に木を描き、消したりまた蘇らせたりしながら完成イメージを目指す。キャンバス上で生じたことがペインティングそのものをかたちづくっていきます」。

Poppy Mountain 2001 キャンバスに油彩 61×76cm Courtesy of the artist and Klaus von Nichtssagend Gallery

 2004年にはウィーンでの初個展となる「Tree Alone」を開催。似たタイトルを付けた今回の個展との相違を、バトラーはこう説明する。「ウィーンの作品における"木"はより風景画に近く、支持体であるキャンバスとの関係に重点を置いていました。しかし今回は形式的な図として木を描き、イメージとキャンバスが一体になっています。そして、それらの絵画自体が展示室内で形式的な図となるように設置しました。絵画はどれも等価で、互いに関係し合っています。キャンバス上では一本の木でも、展示室内には複数あり、それが一つの展覧会を形成しているのです」。

 バトラーは自身の活動について「同じ主題を繰り返し描き続けるということは、10年以上にも及ぶパフォーマンスをしているようなもの」だと表現し、現在のスタイルに至ったきっかけをこう語る。「祖母に風景画を描いてほしいと依頼されたことが重要な契機になりました。どうすればアートも美術史も知らない祖母のような人に理解される抽象画を描けるのか。それからは作品の主題を『風景』に限定し、私のアイデアや関心のすべてを素朴なかたちで風景画に結実させていきたいと思いました。素朴さとはアメリカ中西部での育ちに由来していて、当時の飾り立てられたアート界に欠落しているものだと思ったからです」。

Untitled(Blue, Green, Brown) 2010 リネンに油彩 182×259cm Courtesy of Tomio Koyama Gallery

ハイ&ロウで描く抽象風景画

 具象的な風景画から徐々に抽象度が高まるバトラーの表現の変遷は、まるで幾何学的な形態と限定的な色で構成される純粋抽象を主張したモンドリアンを彷彿とさせる。その一方で動的な筆使いやなめらかな曲線は、ニューヨークで発展した抽象表現主義を継承しているかのようだ。絵画の純粋性を極めたハイ・アートに分類されるように思われるが、意外にもその原点は前述の対極にあるロウ・アートにあった。

「日常生活からモチーフを選んで親近感を持たせるという点で、ポップ・アートから私は多くの影響を受けました。なぜなら似たようなことが風景画でも実現できると考えたからです。また、学生の頃はグリーティングカードやカレンダー、ハドソン・リバー派が描いた風景画のポストカードなど、『キッチュ』なイメージを参照して絵画を制作していました。このようにハイ・アートとロウ・アートを同等に扱い、ポストモダン的な意味合いを持たせることによって、排他的にならず幅広い観客に作品を届けたいと思ったのです。だから私の作品は、美術館の壁に飾られるもの以上に意味があると同時に、グリーティングカードよりもささやかなのかもしれません」。

Fifty-Five Trees at Sunset 2006 キャンバスに油彩 183×305cm Courtesy of the artist and Klaus von Nichtssagend Gallery

 一人の観客から「あるカナダの風景画家を思い出した」と言われたときに、年代や地域を超えて誰にでも理解しやすい絵画を創作できていると確信した。国によって様々な反応が寄せられ、日本ではよく日本語のカリグラフィーに重ね合わされるそうだ。インタビューの最後では、バトラーにとって理想的な絵画の姿を教えてくれた。

「制作中は苦心を重ねることもありますが、完成作品は苦労を感じさせないものであってほしいと思います。個々の作品が絵画史を継承することはいいことですが、それが重荷になってはならず、むしろ軽やかで自然であるべきなのです」。偉大な先人の系譜をなぞらえつつも歴史という足枷をすり抜けて、「冷たく」も「熱い」、しかもあたたかな抽象をバトラーは創造している。

『美術手帖』2016年7月号「ARTIST PICK UP」より)

編集部

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