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人生をいかに幸せに、芸術的にすることができるのか。書籍『ノニーン! 幸せ気分はフィンランド流』の著者たちに聞く

「ノニーン(no niin)」とは、フィンランド人が毎日使っている「相づち」のような言葉。「ノニーン」をタイトルに、スウェーデン国立美術館館長のスサンナ・ペッテルソンと文化プロデューサーの迫村裕子はフィンランドの文化を紹介する2冊の書籍を共著している。今年1月に刊行された第2冊『ノニーン! 幸せ気分はフィンランド流』では、ふたりの専門分野である「アート」にフォーカスし、生活の知恵や仕事のスタイルなどを対話型の文章で綴る。同シリーズを手掛かりに、人生を芸術的に、幸せにするための方法を著者のふたりに聞いた。

聞き手=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

スサンナ・ペッテルソンと迫村裕子 写真=橋爪勇介

日々の小さな瞬間を慈しむ

──まず、「ノニーン!」シリーズが生まれた背景についてお聞かせいただけますか?

スサンナ・ペッテルソン(以下、ペッテルソン) 私たちは、これまで10年以上にわたるコラボレーションにおいて、数々のプロジェクトを一緒に実現してきました。その過程のなかで、ふたりで話し合いながら経験したことを自分たちだけに留めておくのでなく、より大きな文脈のなかでほかの人たちとも共有できることがたくさんあるのではないかと思ったのです。それが、このシリーズを始めたきっかけです。

迫村裕子(以下、迫村) ふたりの立ち位置と得意分野が違うのでお互いを補い合って仕事ができるし、何よりも私たちは仕事を楽しみながらこなすことができるタイプなのです。そしてそれは、正直にオープンにふたりで話し合うからだと気づきました。

──1冊目では文化やライフスタイル、価値観など広い視野からフィンランドを紹介し、2冊目では「アート」という視点からアプローチされていますね。なぜ「アート」に着目されたのでしょうか?

ペッテルソン とても自然なことでした。私たちの生活は、仕事だけでなく、日常の環境でも、様々なかたちでアートに包まれています。それが私たちの仕事であり、生き方なのです。

迫村 アートに携わっていることはふたりに共通することですが、違っていることもたくさんあります。2冊目では、そのやりとりを対話形式で紹介しています。できるだけ読みやすいかたちで、日常生活のなかのヒントになれば良いと思う短い言葉も選びました。

スウェーデン国立美術館、ストックホルム 写真=スサンナ・ペッテルソン

──1冊目が2018年に刊行され、2冊目は今年出たばかりですね。2冊目では、パンデミック中の生活についても触れられていますが、それを書くにあたってメンタリティや思考はどのように変化したのでしょうか?

ペッテルソン 私たちが学んだことはたくさんありますが、そのなかでもとくに重要なのは、人との出会いの大切さを再確認したことです。実際に会うことができ、いつものように旅行ができ、家族パーティーや文化イベントを開催することができるという、パンデミック以前は当たり前だったようなことの価値です。もうひとつは、デジタルな働き方について多くを学んだことです。これはこれから大きな強みにもなりますね。短時間のイベントのために遠くから来るよりも、デジタルワークショップを開催したほうが効率的ですから。 

迫村 日常生活のなかの小さなことを大切にすることにも気づきました。アートは日常生活のなかに美しさを見出すこと。小さなこと、ほんの一瞬に存在する美をいかに慈しむかですね。

スサンナの家のリビング。チューリップの向こうに見えるのは、オーラ・コーレマイネンの写真作品 写真=スサンナ・ペッテルソン

──その2冊の本では100以上のトピックがピックアップされていますが、そのなかで、お気に入りのトピックや、面白いと思うトピックはありますか? 

ペッテルソン もっとも重要なことのひとつは、日々の美しさを尊重し、小さなことを楽しむことです。日常生活に喜びを見出すことができれば、それはどんな日でも良い一日となります。

迫村 そうですね。そして、それを慈しむことですね。その気持ちがあれば、人生は大きく変わります。最悪な状況でも、何か心に響く美しいことを見つけて、それを一瞬でも慈しむことができれば、まったく違うものになります。

ペッテルソン そして好奇心も重要です。私は今朝、鳥と鳥の行動についてのオーディオブックの笑いに関する章を聴きました。科学者たちは、ある種の鳥が子供のように遊ぶことを知っていて、いまは、その鳥が笑うことができるかどうかを調べているようです。このような話題は、私にとって非常に興味深いです。エキサイティングな本がたくさんありますので、毎日新しいことを学び、共有することがとても楽しいです。

──このシリーズを執筆された際にどのような読者を想定していましたか?

ペッテルソン 年齢を問わず一般的な読者だと思います。昨日(編集部注:本インタビューは2023年3月1日に行われました)、皆川明さんの司会でトークイベントを行いました。イベントのあと、本にサインを求める人が長蛇の列をなし、そのなかでとくに目立ったのは、ふたりのお子さんを持つ若い男性でした。彼は、私たちの対話と議論を聞いて、自分の子供に関することについて考え始めたといい、私たちの言葉に感銘を受けたと言ってくれました。それは本当に感動的なことでした。

書籍『ノニーン!幸せ気分はフィンランド流』刊行&著者来日記念トークイベント、代官山蔦屋書店(2023年2月28日)
左から迫村裕子、スサンナ・ペッテルソン、皆川明 写真=大崎晶子

迫村 フィンランドや北欧文化に興味のある方が大半であると想定していました。昨日初めて行ったトークイベントでは、7割が女性で、男性が3割もいらしたことは嬉しい驚きでした。

──このシリーズから、読者に何を学んでほしいですか? 

ペッテルソン 「勇気」です。

迫村 日本の文化より、フィンランドや北欧の文化が優れているという話ではなくて、違う別の視点から見てみると、いままで気づかなかった新しい何かを発見できて、それを面白いって思うことです。共通するものもあれば、まったく違うものもある。どちらが優れているかという議論ではなくて。私がスサンナと一緒に仕事をしたり遊んだりして学んだことは、他人と対等に付き合うことをつねに意識しているということです。このシリーズを通じて、相手が子供であろうと同僚や近所の人であろうと、ほかの人とフラットに付き合うことの大切さに気づいてもらえたら、すごく嬉しいです。

ペッテルソン そして、自分がどうなるかは、自分次第だということも。もしあなたが自分の心の風景をポジティブにとらえたら、あなたはすでに勝利の側にいるのですから。 

社会の変革を推進する

──平等について、とくにジェンダー平等についてもお聞きしたいと思います。スサンナさんは本書で、女性アーティストのグループ展のキュレーションや、女性彫刻家の研究調査に参加した経験も紹介していますね。北欧は男女平等指数が非常に高いことで知られていますが、美術の分野ではどのような状況でしょうか。

ペッテルソン 北欧諸国におけるジェンダー平等は、一般的に言うと多くの国よりもずっと良い状況です。私たちは非常に健全な基盤のうえに、男女平等を推進しています。とはいえ、私が現在ディレクターを務めるスウェーデン国立美術館のような大きな機関は、すべからく、歴史的な側面において、もっとジェンダー平等に取り組むべきことがあります。例えば、19世紀には、女性アーティストの作品をコレクションに加えることはそれほど多くありませんでした。しかしいま、私たちは過去に遡り、ジェンダーに関係なく、関連性の高い作品を購入すべく、多くの資金と時間を投入しています。また、コレクションの新規購入作品だけでなく、スタッフの男女比も重要なジェンダー平等を達成する評価指標のひとつに挙げています。

「The Garden - Six Centuries of art and Nature」展の展示風景より、2人の現代美術家、エマ・ヘレの陶芸作品とピーター・フリーのブロンズ彫刻を古典美術の作品とともに展示した
Photos by Cecilia Heisser / Nationalmuseum
「The Garden - Six Centuries of art and Nature」展の展示風景より、2人の現代美術家、エマ・ヘレの陶芸作品とピーター・フリーのブロンズ彫刻を古典美術の作品とともに展示した
Photos by Cecilia Heisser / Nationalmuseum

迫村 日本が北欧のようにジェンダー平等を実現するには、まだ長い道のりがあります。でも、落ち込まないことです。政府や社会が大きな変化を起こすのを促すことはとても大切なことですが、同時に、私たち一人ひとりが何か小さなことでもその実現に向かって始めることがとても重要だと思います。

 例えば、私たちがしてきたことのひとつに、日本で知られていないフィンランドの女性アーティストの紹介があります。アルヴァ・アアルトは、デザインや建築に興味のある人なら誰でも知っている人ですが、彼の妻であったアイノ・アアルトも素晴らしい建築家、デザイナーであったことを知る人はあまりいません。そこで、アルヴァとアイノを同等に扱い、その協働作業を紹介する展覧会を、世田谷美術館や兵庫県立美術館などで開催しました。

「アイノとアルヴァ 二人のアアルト」展(世田谷美術館、2021) 写真=迫村裕子
「アイノとアルヴァ 二人のアアルト」展(世田谷美術館、2021) 写真=迫村裕子

 2015年から16年にかけては、日本ではまだ紹介されていなかったフィンランドの女性アーティスト、ヘレン・シェルフベックの展覧会も全国4会場で巡回しました。

 また、カール・ラーションというスウェーデンを代表するアーティストの展覧会(SOMPO美術館、2018)を企画した際にも、彼の妻であるカリンの優れた作品にも焦点を当てました。

──スサンナさんは、今年の6月にフィンランド文化財団のCEOに就任されると伺いました。新しい役割でどのような仕事をし、どのようなことを期待されているのでしょうか。

ペッテルソン 新しい役割は、美術館館長の仕事と比較すると、やや異なっています。フィンランド文化財団は、フィンランドで最大の、科学、芸術、文化のために年間約5000万〜6000万ユーロの資金を提供する私立の財団です。大きな規模で、社会的にインパクトのある独自のプロジェクトも立ち上げています。

 例えば、財団が数年前から助成しているプログラムでは、13歳から15歳までのすべての子供たちがフィンランドの文化施設を訪問できるようにしています。美術館かオペラか劇場か、どちらかを子供たちが選び、そのための費用を学校に助成します。こうして、すべての子供たちへ文化への扉を開くことができ、素晴らしい未来への投資です。

 ほかにも様々な分野があります。私の役割は、例えば、国の文化政策にどのようにして影響を与えるか、よりフォーカスし、新しいエネルギーと考えを必要とする分野は何なのかということを見極めることです。それは、未来へ向かうことですから、とても楽しみです。仕事の特徴を2文字で表すなら、「make change」、つまり社会を変えるということですね。

──変化を行うことによって、未来はどのような社会を目指していますか?

ペッテルソン 社会はつねに調整と変化に備えておく必要があります。世界的に見れば、気候危機のような規模が大きいだけでなく、緊急性も高い、解決すべき邪悪な問題は数多くあります。しかし、変化すべきは社会だけではありません。私たちは、どのように生活し、どのような日常的な決断を下すか、自分自身を変える覚悟が必要なのです。過剰な消費はその良い例です。リサイクル品を購入すれば、必ずしも新しいものが必要なわけではありません。

 また、携帯電話をいじる代わりに、人々がお互いに会話していた時代に戻ることも必要だと思います。世の中には、デジタルの戯言や雑音があふれていて、私たちの周りの現実世界から目をそらしています。いまは古いと思われるかもしれませんが、私たちが社会的、文化的に発展するためには、人との出会いが本当に大切だと気づく日がきっと来るでしょう。

──スウェーデンやフィンランドの経験から、日本は何を学ぶことができますか?

迫村 フラット、オネスト、オープンです。とくに、他者との関係を、会社の肩書きや社会の地位などから測るのでなく、フラットにつながっていくことでしょうか。

──人生をより芸術的にするための方法は何だとお考えでしょうか?

ペッテルソン 日々の生活のなかに、美的な出会いの機会があります。私の美的な旅は、毎日、朝食を食べながら窓から外を眺めるところから始まります。雲や空の色、そして近くに巣をつくる鳥を観察したり、読書のために時間を割いたり、家でも会社でも、毎日アートを見たりしています。そして、自分が体験した喜びを分かち合うために、友人や同僚に、例えば、面白かった本を勧めることもよくしています。

 さらに大きな視点で見ると、アートやデザイン、文化は、私たちの日常生活のあらゆるものに埋め込まれています。私たちが使うカップやお皿、楽しむ食事、着る服など。大切なのは、その選択に気づくことと、それを楽しむことです。

春先の庭、野生のスミレ、ヘルシンキ 写真=スサンナ・ペッテルソン

──最後の質問になります。フィンランドと日本の文化交流を促進するために、今後はどのようなことを計画されていますか?

迫村 色々なアイデアや計画があります。すでに決定しているプロジェクトや展覧会に加えて、自分の気持ちや感情について話すことを奨励する新しいアートの鑑賞方法「アート・リフレクション・メソッド」にも注目しています。これによって、もっとアートを身近に感じ、人々のあいだの対話を生み出すことができると思うからです。

 そのほか、まだまだ知られていないアーティストやデザイナー、過去の巨人だけでなく、新しい人たちの作品も紹介していきたいです。 

 スサンナと一緒に仕事をするのは、いつも刺激的です。話していると、つねに新しいアイデアが出てきます。これからも、アートを通じての文化交流を促進していくプロジェクトを実現させていきたいです。

編集部

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