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INTERVIEW - 2019.10.10

西洋美術史にいない“女性”を描きたかった。エミリー・メイ・スミス インタビュー

象徴主義、シュルレアリスム、ポップ・アートなど美術史における絵画のムーブメントに敬意を表しながら、社会的・政治的メッセージを込めた作品を制作するエミリー・メイ・スミスが、日本初個展をペロタン東京で開催中(〜11月9日)だ。スミスに、作品のテーマと主要な「ほうき」のモチーフ、転機となった出来事など、これまでの軌跡について話を聞いた。

聞き手・構成=編集部

エミリー・メイ・スミス。背後の作品は《GLEANER ODALISQUE》(2019)

「ほうき」に込める思い

──スミスさんの作品の多くには、ほうきが多く登場しています。印象的なモチーフでもあるこのほうきは、何に由来しているのでしょうか?

 ある日の朝、ブルックリンの自宅から仕事場へ行く途中、道端にほうきが捨てられている光景を見かけました。それは、ぞんざいに“打ち捨てられている”といった表現がぴったりで、ふと、ほうきというものは家の中でもっとも虐げられている存在なのではないか?と思いました。

 その後もたびたび道端でほうきを見かけましたが、折れていたり、繊維がまるで髪の毛のようにわーっと散らばっていたり、しだいに人間のように見えてきて、ほうきに私自身の姿を投影するようになったんです。

──それはいつ頃の出来事ですか?

 2013年頃です。当時、私はアーティスト・アシスタントとパートタイムの仕事を掛け持ちして生計を立てていました。アシスタントという職業は、すごくたくさんの労働をするけれど、表舞台に立つことはないですよね。それが、打ち捨てられたほうきであり、たまたま当時のボーイフレンドと見たディズニーの映画『ファンタジア』(1940)に登場するほうきのようでもあるように感じられました。

 『ファンタジア』では、たんに肉体労働の象徴だったほうきが、意思を持ち物語の主導権を握っていきます。その表現は、自分が描きたかったことと共鳴するように感じられました。

展示風景より、《THE GLEANER AND ME》(2019)

──描きたかったこととは、具体的にどういう世界ですか?

 西洋美術史における女性の描かれ方への懐疑、女性を取り囲む様々な表象、そしてフェミニズムの観点に根ざした世界観です。ほうきは私にとって、人物、客体、女性、そしてファルスを同時に描く方法でした。西洋絵画史における女性の描写は、その多くが快楽やファンタジーの対象で、男性中心主義的です。私はそれとは別のストーリーを描きたかったんです。

──ちなみに、ウォルト・ディズニーの作品はお好きなのでしょうか。

 いえ、まったく(笑)。そこはきちんと否定しておきたいのですが、ウォルト・ディズニー・カンパニーの歴史には反発があるため、そこはまったく共鳴していません。私の作品には「相手の武器を使って相手を攻撃する」といったアイロニカルな構図があると言えるかもしれないですね。

展示風景より

リーマン・ショックをきっかけにすべての扉が開いた

──スミスさんがほうきに着目した2013年という年は、スミスさん自身が「自分のつくるべきアートがはっきりと見えてきた転換期」だと、これまでのインタビューで発言されていますね。

 はい。その転換期を語るには、まずはその前の“受難”に言及する必要がありそうです。私が、ニューヨークの大学院で絵画を研究し、修了したのが2006年、そして2年後にリーマン・ショックが起こりました。大学卒業後の数年というのは、多くの作家が「コマーシャル・ギャラリーで作品を発表する」というキャリアに突入する時期でもあります。ところがリーマン・ショックによって、多くのギャラリーが閉まる、あるいは新たな作家を受け入れないという事態が起こりました。

──若手アーティストたちにとっては苦しい時期ですね。

 私は作品を発表するチャンスもなく、アシスタントとパートタイムの仕事だけではスタジオの家賃も払えなくなり、悪循環の末、制作場所を失ってしまった。当時は「アーティスト人生の一番底のところまで来てしまったかもしれない」という実感がありました。そんななか、当時のボーイフレンドが「リビングのテーブルの上で描けるくらいの小さな作品をつくったらどう?」と提案してきたんです。

展示風景より、《TEMPTATION ISLAND》(2019)

──それまでは大型の作品を制作していたのですか?

 大きなキャンバスの上に、いまよりも写実的なタッチの風景画や静物画を描いていました。大きなキャンバス上では描きながら実験することが許されているような感覚がありましたが、小さなサイズのキャンバスでは、目的やテーマをより明確にしなければ描き始められない。そう感じてから、制作のスタイルが大きく変わりました。

──そうして目的を煮詰めていくなかで、さきほど説明していただいたようなフェミニズムのテーマが生まれたんですね。

 はい。自問することで思考もシンプルになり、作品自体もミニマルになっていきました。「私の作品なんか誰も気に留めてない。失うものはない。何を表現するのも自由だ!」って。すべての扉が閉じたと思ったら、逆に全部開いてしまったみたいな(笑)。それからリーマン・ショックの余波も弱まり、幸運なことに、しだいに展覧会の機会も増えていきました。

展示風景より、《ELDORADO》(2019)

社会全体の問題としてのフェミニズム

──スミスさんのなかでは、2013年頃までフェミニズムへの意識がくすぶっていたとも言えますね。その意識をかたちづくる体験はあったのでしょうか?

 私は、テキサスの田舎で生まれ育ちましたが、両親は私をジェンダーの規範に縛ることなく、とても自由な発想で育ててくれました。ただ、大人になっていく段階で、女性に対する社会的な「区別」をすごくリアルに感じるようになりました。

 いっぽうで、さきほどリーマン・ショックのことに触れましたが、経済状況が悪くなると一番被害を受けるのは“社会的弱者”とされる人々。私は景気の悪化したニューヨークで、性別や人種差別によって辛い思いをする人たちを目の当たりにしました。

 そうした出来事が重なり、自分のなかにフェミニストとしての意識が芽生えました。それは女性の問題というよりは、人類に関わる、社会全体の問題としてのフェミニズムに目覚めたというほうが正しいかと思います。その期間を通して、本当の意味での大人になったと思います。

──近年の#MeTooの運動、ジェンダーに関する言説の盛り上がりも、スミスさんのテーマを後押ししたのではないでしょうか?

 そうですね。以前は、フェミニズムのことについて話すことは「クールじゃない」という雰囲気があったと思います。でも、クールかクールでないか、という問題以前に、いまは社会的に抑圧された人々がそれぞれの声を持ち、何かを発信する時期なのだと思います。

 昔は、男女平等の問題、経済格差、人種差別などがバラバラに語られていましたが、現在、それらはじつは切り離せず、複雑に絡み合うひとつの問題だと気づいた。そうした前提のうえで議論ができるいまの状況はとても面白く、希望があると思っています。ぜひ、あとでフェミニズムを取り巻く日本の状況についても教えてください。

エミリー・メイ・スミス。左から《TEMPTATION ISLAND》(2019)、《THE GLEANER AND ME》(2019)