アーティストと開発者がともに考える、映像体験の新たな可能性

住居空間にテレビとは異なる新しい映像体験を提供するパナソニックの「AMP (Ambient Media Player)」。京都の多機能スペース「マガザンキョウト」にて、アーティストやクリエイターを招待した先行公開・体験イベントが行われた。

文=木薮愛 撮影=内藤貞保

プロトタイプのAMP。マガザンキョウトでは宮永亮、林勇気、前谷康太郎、八木良太、トーチカ、水野勝規、飯川雄大、諫山元貴、井浦崇+大島幸代の作品が上映された

|映像体験にイノベーションをもたらす「AMP」

 テレビの高画質化、高機能化が際限なく進む一方で、メーカーによる差別化が難しくなってきている。かつてはどこの家のリビングにも、中心にはテレビがあり、新しい情報や流行は常にテレビから生み出された。しかし現在、その役割の一部はスマートフォンに取って代わられている。テレビを持たない人も増えてきているなかで、開発者たちはイノベーションを求められている。

 「AMP (Ambient Media Player)」は、パナソニックのテレビ開発部門に所属していた谷口旭をはじめとするチームが、従来のテレビとは異なる映像体験を住居空間にもたらすことを目標に、2014年に立ち上げ、16年にアプライアンス社内で始まった「Game Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)」(*1)で事業化に向けて再挑戦しているプロジェクトで、現在はパナソニックがQUANTUM、アマナと共同で開発に取り組んでいる。

 プロトタイプは、まるで絵画の額のような正方形のプロダクトで、中心部が映像モニター、上下がスピーカーとなっている。映し出すものは、テレビ番組ではないコンテンツを想定している。

 2017年5月28日、京都のスペース「Editorial Haus MAGASINN」(以下マガザンキョウト *2)で、AMPの試作プロダクトの展示・体験および、開発者と映像クリエイター・アーティストとの対話イベントが行われた。「現状のプロトタイプをアーティストに見せて、アドバイスをいただきながら育てていきたい」という谷口の思いのもと、京都とつながりのあるクリエイターやアーティスト、関係者ら約30名が招かれ「映像体験は、これからどこへ行くのか?」というテーマのもと語り合った。

右から、釜田俊介(アマナデザイン)、諫山元貴(映像作家)、谷口旭(パナソニック)、矢津吉隆(アーティスト)

|コンテンツがデバイスをつくる時代

 イベントは2部構成のトークと、自由内覧で構成されており、第1部「映像作品が生み出す体験とは」では、AMPのコンテンツ部分に関わるアマナデザインの釜田俊介をファシリテーターに、AMPのプロジェクトリーダーであるパナソニックの谷口旭、二人のアーティスト、諫山元貴と矢津吉隆がトークを行った。

谷口 私はパナソニックのテレビ技術部門で構造系のエンジニアをやっていました。デザインの力でライフスタイルを提案するということを考えて、開発にかかわっていましたが、やはり画質が神様でした。一方、体験の価値から考えると、高画質・高精細で大画面のテレビでバラエティ番組を見るというのも、なんとなくおかしな話かなぁと(笑)。そんななか、4Kも登場して、アーティストなど作り手からは興味を持ってもらうことが多くなりました。4KやAMPは、たとえばアート作品のようなものなど、マスメディアとは異なる、視聴するという体験とは異なるコンテンツに価値が見出せるのではないかと考えています。

釜田 プロトタイプで上映されている諫山さんの映像作品は、ずっと見ててもいいし、見ていなくてもいいのだけれど、空間の中で力を発揮している。テレビとは違い、意識のプライオリティを一番に置かなくても楽しめるものです。時間の流れ方もまったく違う。

諌山 《Chronos / kairos》は、物理的な時間(Chronos)と心理的な時間(kairos)をテーマに、テレビやYouTubeのように編集された時間ではなく、自然に流れる時間をリプレゼントした作品です。

釜田 こういった作品を上映するとき、スマホやテレビなど、様々なデバイスがあるなかで、上映する環境として、アリ・ナシの線引きはどのように行っていますか?

諌山 サイズ感は重要ですね。いくつか連結して大きな作品にすることも考えられるかと思っています。

矢津 僕は映像作家ではなく、彫刻家。なのでAMPには物質的な魅力を感じます。この「光の板」を使って作品を制作してみたい。テレビはいくつも並べられないけれど、AMPならば部屋の壁に3つ並べても面白いと思う。でも、もし画面の比率が選べたらもっと面白いでしょうね。

釜田 これからは、デバイスではなくコンテンツが前に出てくる時代だと思います。アーティストたちが、自由に映像を落とし込める「キャンバス」のようなものをつくれたら良いですね。

谷口 映像作家と映像のメーカーは今まで断絶されていたように思います。対話しながら一緒につくり出すのは、新しい試み。表面的に「アーティストの話を聞きました」ではダメだと思う。真剣に関わりながら考えていきたいです。

イベントにはアーティストが多く招待され、意見を交わし合った。左から、髙橋耕平、笹岡由梨子、水木塁
イベントにはアーティストが多く招待され、意見を交わし合った。井浦崇
イベントにはアーティストが多く招待され、意見を交わし合った。左から諫山元貴、前谷康太郎、水野勝規

|アーティストと模索する未来

 第2部では、マガザンキョウトの岩崎達也がファシリテーターとなり、谷口、矢津、AMPプロジェクトの立上げを共同で進めるクオンタムの上原拓真が、これからのAMPプロジェクトの進み方について説明した。

谷口 「Game Changer Catapult」で立上げに取組むなかで、岩崎さんと出会い、AMPのコンセプトに大変共感していただきました。そして、京都を中心に活動される映像作家やクリエイターの方々をご紹介くださり、こうして皆さんとディスカッションの機会をいただくことができました。このように、つくり手たちとつながり、協創しながらつくっていきたいと考えています。

矢津 京都には美術の大学が多く、アートの土壌があるのでつながりをつくるのには最適な場所。僕自身にしても、映像をテーマとした複合施設「kumagusuku BC」(来秋オープン予定)の構想を練っていたところなので、映像メディアとしてAMPには大変興味があります。

上原 僕はアート作品を購入することがありますが、映像作品はまだ購入したことがありません。その理由は気に入った作品をテレビで見るのには違和感があったからですが、AMPならクリアできると思います。ビジネスとアートは真逆のものであるととらえられがちですが、AMPをきっかけに融合することができるのでは。アーティストたちと、模索していけたらいいですね。

右から、岩崎達也(マガザンキョウト)、谷口旭、上原拓真(クオンタム)、矢津吉隆

谷口 AMPは、これから実証実験をスタートし、様々なかたと出会いながら、より良いサービスをつくり上げていきたいと思っています。

AMPのプロトタイプは3サイズ展開。フレームと内側のスピーカー部分の素材をカスタマイズできる仕様

 京都のアーティストらとともにスタートしたAMPプロジェクト。私たちの住居空間にどのような革命をもたらしてくれるのか? 今後の動向に注目したい。

脚注

*1──Game Changer Catapult

パナソニック株式会社の社内カンパニーであるアプライアンス社が、2016年4月に立ち上げたプロジェクト。新しい価値・体験の提供を目指して、社内で新規事業を公募し支援すると同時に、企業や組織の枠を越えてのオープンイノベーションに取り組む。

*2──Editorial Haus MAGASINN(マガザンキョウト)

「宿泊できる雑誌」をコンセプトに2016年5月、京都の町家にオープンした、宿泊施設・ストア・ギャラリーを兼ねた多機能スペース。オーナー岩崎達也が編集長となり、彼が「仕事をしてみたい」と思う人を共同編集者として迎え、年に何度かの「特集」として展示内容等のコンテンツを作り上げていく。

編集部

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