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世界最高峰のバレエ団の歴史に迫る。映画『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』

フランス国王ルイ14世によって創設されたパリ・オペラ座。世界最高峰であり最古のバレエ団の技術と精神は、どのように受け継がれてきたのか。バレエ・ドキュメンタリー映画を数多く手がけてきたマレーネ・イヨネスコ監督が明らかにする、356年の歴史を築いた実態とは?

文=諏訪正樹(認知科学)

映画『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』より © DelangeProduction 2016

356年間伝承されてきた身体表現の舞台裏

 映画『パリ・オペラ座』を鑑賞して、身体知の研究者という視点から脳裏に去来したものごとを記そう。通常の映画評論からの逸脱をお許しいただきたい。

 身体知とは、観念的に理解した知識ではなく、文字どおり、身体に根ざして醸成され、腑に落ちるように体得された知恵や技術を指す。スポーツや舞台芸術のスキルはもちろん、日常生活でふと何かに着眼して自分なりの解釈を創造することも含む、広い概念である。身体知の体得には、身体部位の位置や動き、そして身体内部で生じる体感の、微妙な差異を制御することが欠かせない。したがって身体知は、身体の世界のものごとではあるが、じつは、言葉をうまく使うことがその成否を左右するのだ。言葉は、身体動作の道標にも、身体状態や体感に探りを入れるプローブにも、身体を解釈する道具にも、そして身体と気持ちをつなげるブリッジにもなる。

映画『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』より © DelangeProduction 2016

 バレエには、「パ」「ジュテ」「プリエ」など、動作を客観的に示す言葉があると聞き、前々からバレエにおける身体と言葉の関係に興味を抱いていた。果たしてコーチの言葉はダンサーに何を与えるか? それが私の関心事である。この映画を見て、指導に用いられる言葉には4種類あることに気づいた。まず、身体部位の位置や動きを示す言葉。「肘を見て」「パは低くしないで」「腰が外に出ていない」「軸線が真っすぐでない」などである。第2に、ダンサーに自らの体感を留意させる言葉。「回転に力が入っている」「右腕をコントロールして」「重心は左」などである。第3は、ダンサーの精神に訴えかける言葉。「堂々と」「もっと大人になって」などである。最後は、他者にどう解釈されるかを示す言葉。「左利きに見える」「重くなる」「もたつく」などである。

 言葉を使い分けることで、身体を微細な粒度で分割し、各部位を様々なかたちで組み合わせると、これほどまでに多様な形態と情景を表現できるものなのか! 身体が言葉と良好な関係を結べたときの可能性の深遠さに、感動すら覚えた。

『美術手帖』2017年7月号「INFORMATION」より)

編集部

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