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「トランプ後」のアートマーケットの動向は? 「アーモリー・ウィーク2017」レポート

世界最大規模のアートフェア「アーモリー・ショー」。毎年3月上旬のフェアの週は「アーモリー・ウィーク」と呼ばれ、10近くのアートフェアやイベントがニューヨークで同時開催される。トランプ政権樹立後初めての大型アートイベントとなった「アーモリー・ウィーク2017」から見えてくるアートマーケットの動向とは? 現地からレポートをお届けします。

文=國上直子

アーモリー・ショー ジェフリー・ダイチのブース

ニューヨーク最大アートフェア 「アーモリー・ウィーク 2017」レポート

 毎年3月上旬に、ニューヨークで開催される巨大アートフェア「アーモリー・ショー」。その会期に合わせ、10近くのアートフェア・イベントが同時開催され、街中が「アーモリー・ウィーク」に盛り上がる。今回の「アーモリー・ウィーク」は、政権交代後、最初の大型アートイベントとしてその動向に注目が集まった。

停滞中のアートマーケット

 2014年以降、コンテンポラリー・アートの市場は徐々に後退してきており、現在は「買い控え」ムードに包まれている。ある大手ギャラリー関係者によれば、コレクターは展示には来るものの購買意欲はなく、若手作家たちの作品の価格は下降してきているという。オークションハウス関係者も、市場後退を受け、コレクションを売ろうという人たちが減り、セール自体をオーガナイズするのが難しくなってきていると語る。去年まで「アーモリー・ウィーク」に開催されていたフェア「PULSE」(2016年は45出展者が参加)は、今年からニューヨークでの開催を取りやめている。

 いっぽう、トランプ政権の誕生が決まった昨年11月以降、アメリカ株式市場は大躍進を見せ、NYダウ平均株価は史上最高値まで上がってきた(2017年3月時点)。上向き経済が、アートマーケットの活性化につながるのか注目されるなか、今回の「アーモリー・ウィーク 2017」は開催された。

 結果としては、目玉の「アーモリー・ショー」はほどほどの売り上げに留まったと見られている。アートマーケットが好調だった頃は、開幕と同時に成約したり、初日にブースが完売したりすることも珍しくなかったが、去年に引き続き、今年もそのような光景はあまり見られなかったようだ。また小規模フェアでは、出展者から「来場者は少なく、作品もほとんど売れなかった」という声が聞かれた。アートマーケットが停滞期から脱したというにはまだ早いと言えるだろう。

アーモリー・ショー会場

リスク回避の展示内容 アイデンティティ・ポリティックスの不在

 アメリカでは、トランプ政権発足を機に、人種、ジェンダー、宗教、外交、経済、環境、福祉、貧富の差といった問題が一気に表面化し始めた。その渦中の開催となった「アーモリー・ウィーク 2017」では、アーティストたちのトランプ政権へ対するなんらかの表明が見られるものと期待されていた。しかし、開幕してみると、各フェア会場は、政治的要素のない「無難」な作品で埋め尽くされており、想像以上に自己検閲のかかった内容となっていた。

 フェアの出展者側は、富裕層や美術館関係者をメインターゲットとして、展示作品を厳選する。その結果、社会とのつながりが見えにくい作品が集まってきたということは、特筆すべき点である。反トランプを表明するアーティストが少なくないにもかかわらず、政治的メッセージを含む作品が限られていたのは、アートを需要する側と供給する側の間に、大きなイデオロギーの隔たりが存在することを示唆している。

「インディペンデント」フェアの会場

 80年代、90年代には、先にあげたような社会問題を扱った政治的な作品が数多く生まれたが、「ポリティカル・コレクトネス」の肥大化とともに、社会問題の取り扱いが格段に難しくなり、そういった作品を見る機会は徐々に減少してきていた。ところがここ最近は、政局の変化を受け、美術館・ギャラリー・国際展などでは、再び政治的なテーマの展示が増えてきている。

 にもかかわらず、今回のフェアで「ポリティカル」な作品が少なかったのは、出展者側からすれば、アートフェアという商業的な場所で、そのようなリスクをとるのは理にかなわないからだろう。とはいえ、現在の「異常な政局」を鑑みると、フェア会場に漂っていた、一斉に社会問題から目を背けるようなスタンスには、違和感を禁じえなかった。 

いい作品が際立つ会場

 「アーモリー・ウィーク」の会期中、多くのブースが安全牌で勝負をするなか、メッセージ性の強い骨太の作品は自ずと注目を集めていた。

(写真奥)エリアス・シーメイ Tightrope, Surface and Shadow 2  2016 アーモリー・ショー、ジェームス・コーハン

エリアス・シーメイ(1968-)

 エチオピアのアジスアベバを拠点にするシーメイは、先進国から廃棄物として送られてきたコンピューターや携帯電話の部品をつなぎ合わせ、大型パネルに仕立てる。遠目からは抽象画のように見えるが、近づくと巨大都市を俯瞰しているように感じる。モノが役割を終えた後にたどるグローバルなロジスティックスをテーマに据えつつ、機械として生み出されたものを美術品として再生することで、モノの用途の無限性が提示されている。

ディアナ・ローソン  Roxie and Raquel 2010 アーモリー・ショー、ローナ・ホフマン・ギャラリー

ディアナ・ローソン(1979-)

 ディアナ・ローソンは、アメリカを拠点に活躍する写真家。「黒人」を被写体にした作品を手掛ける。文化、歴史、家族、社会的地位、セクシャリティ、暴力といったものは、身体に刻み込まれるものとローソンは考える。日常的なセッティングのなかに被写体を据え、彼らの身体を通じ、安易に形成されたステレオ・タイプを通じては伝えられない、「黒人」の尊厳、バイタリティ、そして人々のつながりを表現する。

フェイグ・アメッド Virgin  2017 「VOLTA」フェア、セパー・コンテンポラリー

フェイグ・アメッド(1982-)

 フェイグ・アメッドは故郷アゼルバイジャンの伝統的ラグを用いた立体作品をつくる。職人の協力を得ながら、素材や染色、織り方は徹底的に伝統技法に則りつつ、デザインや形は思い切り型破りなものにする。アメッドは「ラグの基本の技法やスタイルは2500年前からほとんど変わっておらず、そこには歴史と秩序が凝縮されている」と語る。しかし、90年代のソビエト連邦崩壊後の政情不安のなかで育ったアメッドは、ラグのデザインや形を歪めカオスをつくり出すことで、アゼルバイジャンが経験した変遷の歴史を暗示する。

バーバラ・ブルーム Travel Posters 1981/2017 「インディペンデント」フェア、デビッド・ルイス

バーバラ・ブルーム(1951-)

 バーバラ・ブルームはバーバラ・クルーガーやリチャード・プリンスとともに80年代に台頭してきた「ピクチャー・ジェネレーション」のアメリカ人作家。今回展示された「Travel Posters」シリーズは、1981年に制作されたものである。政府観光局が使うような観光用ポスターのフォーマットを用い、メッセージとイメージを並べ、当時の政治状況を表現した作品。ブルームの作品が目を引いたのは、メッセージが非常に今日的である点。36年前の作品が、イスラム教国からの入国規制や、メディアの締め出しなど、批判を浴びているトランプ大統領の政策に直接言及しているように新鮮に見えた。

 社会の状況が厳しいときほど、心の余裕がなくなり、アートを見る目も自ずと批判的になるもの。そんなときは、中途半端な作品が視界に入らなくなり、力強い作品がまっすぐに目に入ってくるようになる。いまは、アートマーケットにとってはいい状態ではないかもしれないが、アートを見る側にとっては、自分好みのアーティストを発掘する絶好の機会なのかもしれない。そう思わされる「アーモリー・ウィーク」であった。

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