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2020.3.8

世界のミュージアム入館料事情を探る(スペイン・アメリカ編)

今年、東京国立博物館を含む3つの国立博物館が一斉に常設展の観覧料を値上げする。この賛否両論ある値上げは果たして是なのか、非なのか。論文『日本の博物館はなぜ無料でないのか?―博物館法制定時までの議論を中心に― 』の著者で博物館制度に詳しい追手門学院大学教授・瀧端真理子が、世界のミュージアム入館料などを参照しながら、議論を開く。

文=瀧端真理子

ニューヨーク近代美術館のユニクロ金曜無料ナイトのチケット(2018年2月23日) 撮影=筆者
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 国立3館の入館料値上げが決定され、ミュージアムの入館料に注目が集まっている。ミュージアムの入館料を考えることは、ミュージアムをめぐる様々な問題を浮かび上がらせる。入館料の設定は、社会がミュージアムに何を期待するか、またミュージアム側が何を館の理念、使命に掲げるかによって決まるもので、かつ、ミュージアムがこれまでにどのような機能を果たしてきたかを問い直す必要がある。今回、たまたまスペインに滞在していたが、入館料が大変よく工夫されていたので、まずスペイン事情を紹介し、続いてアメリカの入館料調査からわかったことをお伝えしたい。

無料入館日・時間帯が根付くスペイン

 マドリードでは、国立装飾美術館、国立ソフィア王妃芸術センター、国立プラド美術館、国立ティッセン・ボルネミッサ美術館、王立サン・フェルナンド美術アカデミーを回った。

 国立装飾美術館(入館料:3ユーロ≒360円)は日曜終日と、土曜14〜15時が無料になっている。日曜に訪問したが閑散としており、並ぶほど来館者が増える様子はなかった。職人や芸術家らの学びの場として創設され、現在は調査を主眼とする館とのことである。

 ソフィア王妃芸術センター(入館料:10ユーロ≒1200円)は有料時間帯でも次々と来館者が訪れるが、内部が広く建物の構造がわかりづらいこともあって、混雑しているのは「ゲルニカ」が展示されている2階の一角のみである。日曜13時30分以降と水〜土曜19〜21時は無料になる。日曜の13時頃にはすでに無料入館を待つ長蛇の列が出来ていたが、一旦入館してしまえば、人が分散するため、とくに混雑するほどではない。土曜日にも再訪したが、無料時間帯を狙って入館する人はそれなりにいる。有料の時間帯と無料の時間帯で客層が変わるかというと、これは他館でも同様だが、目立った客層の変化は感じられなかった。マドリードではいずれの館も日本に比べると客層が若く、若い人と中年層が中心になっている。

ソフィア王妃芸術センターで無料入館時のセキュリティーチェックを待つ人々(2020年2月16日13時38分) 撮影=筆者

 ソフィア王妃芸術センターでは、「ゲルニカ」展示と向かい合う部屋で、スペイン内戦の記録映像が放映されていた。ドイツ軍の支援を受けた反乱軍のマドリード侵攻を阻止すべく、マドリード市民が道路の敷石をツルハシで掘り起こしてバリケードを築く。平原ではTシャツ姿や帽子も被らない兵士も混じった市民軍が塹壕からドイツ軍を迎え撃つ。最後は空爆のシーンとなり、傷ついた子供たちのむき出しの遺体が映し出されフィルムは終わる。来館者は床に座り込んで映像を見ている。

 ソフィア王妃芸術センターは「ゲルニカ」所蔵館として来館者に、館の立ち位置も含めた多角的な考察を促しており、より多くの人にコレクションの観覧を勧めるために無料入館は意味を持つ。この1936年の記録映像のほかにも、様々な記録映像や映像作品が館内各所で放映されており、フィルム1本ごとの映写時間も長く、じっくり観るためには何度も足を運ぶ必要がある。この点からも無料入館の時間帯を設ける意味がある。

 ティッセン・ボルネミッサ美術館(入館料:13ユーロ≒1560円)は毎週月曜12〜16時が無料。この無料開放は、MasterCardがスポンサーになっている。月曜日は無料入館のみなので、チケット売り場全体がベルトパーテーションで封鎖されている。MasterCardの大きなロゴが印象的だ。

ティッセン・ボルネミッサ美術館の無料開館日のチケットカウンター(2020年2月17日13時1分) 撮影=筆者

 ティッセン・ボルネミッサ美術館には13時頃に行ってみたが、待ち行列なしですんなり入館できた。この館はティッセン・ボルネミッサ家の個人コレクションを公開した館で、中世から現代に至る幅広い作品が集められており、ゆっくり見ても無料の4時間ですべて見て回れる、ある意味、適正規模の美術館だ。場所柄から旅行者が多いと思われるが、美術館に来慣れている様子の来館者が多いと見受けられた。

 プラド美術館(入館料:15ユーロ≒1800円)は18〜20時が毎日無料(日祝は17〜19時)である。18時の段階では無料入館待ちの長蛇の列ができているが、18時半には行列は解消されていた。セキュリティーチェックさえ通過してしまえば、人気作品は館内各所に分散されているため、人が散らばって特別混雑するほどではない。

プラド美術館にて無料開館時間を待つ人々(2020年2月17日17時56分) 撮影=筆者

 王立サン・フェルナンド美術アカデミー(入館料:8ユーロ≒960円)は一般の来館者はごく少ないが、ティーンのグループが次々と引率されて来訪し、模写をしているグループもあった。

王立サン・フェルナンド美術アカデミーで行われていたゴヤの作品を見ながらのレクチャー (2020年2月18日11時32分) 撮影=筆者

 スペインではほかのヨーロッパ諸国と同様、20人くらいの学校団体が引率されてミュージアムによく来訪している。また、プラド美術館では大人による油彩での模写が行われていて、描き手不在でイーゼルに描きかけの絵だけが置かれているものも複数あった。

 ミュージアムの入館料は、その館の設立目的、使命によって決められるべきであり、スペインでは、その使命に照らして無料日ないし無料時間帯を設けることが常識として根付いているのだろう。また、正規料金はそれなりに高く、観光客を含め経済的に余裕のある層には相応の負担を求めていると言えよう。

 次に訪れたコルドバでもおもしろい入館料の設定を発見した。宿泊先でミュージアムを含む文化遺産サイトの一覧をもらったが、ここには開館時間と入館料が記載されている。興味深いのは、アルカサル、アラブ浴場、Museo Taurino(闘牛博物館)等では、失業者は無料、イスラム教モスクとカトリック教会が共存するメスキータには大家族優遇がある点だ。また、シナゴーグ、コルドバ美術館、考古学博物館等では、EU市民は無料である。

 帰国後、改めてマドリードの国立館のウェブサイトを調べてみたところ、どの館も多様な無料入館ないし割引制度をリストアップしている。例えばプラド美術館は18歳以下無料、18〜25歳までの学生無料、法的失業状態にある人は無料、大家族構成員は半額などである(*1)。こうした手厚いスペインの文化政策は今後、調査研究すべき対象である。

寄附が支えるアメリカの無料・割引入館

 アメリカでは、企業がスポンサーになって無料入館日や無料時間帯を支えるケースが目につく。代表的なスポンサーは庶民的なスーパーを展開するTARGETだろう。ニューヨークではブルックリン・ミュージアムやスタジオ・ミュージアム・イン・ハーレム、ロサンゼルス・カウンティ美術館、サンフランシスコのアジア美術館など、各地の美術館やチルドレンズ・ミュージアムの無料日・無料時間帯をTARGETが支えてきた。

スタジオ・ミュージアム・イン・ハーレムにて、ターゲット提供の日曜無料開館のサイン(2013年8月20日) 撮影=筆者

 日系企業では、ユニクロがニューヨーク近代美術館(MoMA)でユニクロデーとして夜間無料開館を支えている。筆者もユニクロデーに行ったことがあるが、若い来館者が多く、ソファーなどに足を伸ばしてくつろぐ姿も見られた。普段の入館料が高い(25ドル≒2750円)こともあって、相当な賑わい方であった。

ニューヨーク近代美術館のユニクロ金曜無料ナイトのチケット(2018年2月23日) 撮影=筆者

 企業寄附のほかに、アメリカのミュージアムではメンバーズ制度が発達しており、リピーターになる人は会費と引き換えに何回でも無料で入館できる権利を得ているケースが多いのだろう。シカゴ美術館など大型館ではメンバーズが複数の階層に分かれていて、高額会費を払う層に対しては、フェロー等様々な名称と特典で差別化し、ベーシックな会費を上回る部分には税制優遇が適用されるよう、制度設計を行っている例もある(*2)。

 ワシントンD.C.所在のスミソニアン協会傘下の博物館群はすべて無料だが、これらを除くとアメリカ全体でいつでも誰でも入館無料の館はそれほど多くなく、筆者が2014〜17年に全米約760館のミュージアム(動物園・水族館・植物園を含む)を調査した結果では、無料館は約2割、約半分は入館料10ドル以上、約1割は入館料20ドル以上という結果が出ている(*3)。しかし、これは観光地にある館を調査対象としているため、小規模館も含め1万7000を超えるとされる米国のミュージアム全体の状況とは必ずしも一致しないだろう。

 おもしろい取り組みとしては、コロラド州のScientific and Cultural Facilities District(SCFD)が挙げられる。これはコロラド州デンバーほか7つの郡で、売上税と使用税(sales and use tax)の0.1パーセントを文化施設・機能に分配する仕組みで、現在では年間総額約6000万ドルを美術、音楽、演劇、ダンス、動物園、植物園、自然史、文化史の各施設・機能へ分配している。この仕組みは30年以上前に可決され、以後、3回投票によって更新されている(*4)。SCFDは“Culture for all”を掲げて多くの無料デーを設定しており、デンバー美術館(入館料:コロラド州居住者10ドル、州外者13ドル)は、現在はトヨタとともに、第一土曜日を無料開館している。ちなみにデンバー美術館でこのSCFDの相方となったスポンサーは、2014年に調査した際にはTARGETで、アメリカの場合、スポンサーが流動的であることが窺える。

デンバー美術館内に掲示されているSCFDのバナー(2014年8月12日) 撮影=筆者
デンバー美術館公式サイトより、無料入館日をSCFDとともに支えるトヨタ(2020年3月1日閲覧)

日本に欠けた低所得層向け制度

 また、アメリカで特徴的なのは、各地域・館ごとに、様々な減免制度、特に低所得層への減免措置が発達していることである。代表的なものは、公的機関から発行されるEBTカード(食料品購入に限定されるフードスタンプのカード化)等の公的福祉カード所持者は入館無料ないし割引とする制度で、例えばボストン美術館(入館料:25ドル≒2750円)は、”EBT Card to Culture”プログラムの一環として、マサチューセッツ州在住のEBTカード所持者に4枚までの3ドルチケットを提供している(*5)。

サンディエゴにて、EBTカードが使えることを示す駅売店の掲示(2019年8月27日) 撮影=筆者

 地域の福祉機関や施設、学校等を通じて無料パスを配布する取り組みもある。例えばブルックリンに事務所を持つ非営利組織Cool Cultureは、毎年、ニューヨーク市内約90のミュージアム・文化機関と連携することで、450の幼児センターや公立学校を通じて、5万の低所得家族にCool Culture Family Passを発行し、家族5人までがパートナー館に何度でも無料で入館できるようにしている(*6)。

 先に触れたスペインでの失業者が無料で入館できる制度と同様、こうした低所得層への配慮が日本では決定的に欠けている。アメリカでは貧富の差──そのかなりの部分は肌の色や言語の差を伴う──をまざまざと目にすることが多いが、日本ではその差が可視化されにくいだけで、美術館へ行く層と行かない層はかなり明確に分かれるのではないだろか。

 ただたんに無料入館日・無料開館時間を設けても、リピーターが増えるだけだ、という反論は的を射ているかもしれない。おそらく必要なのは、もう一歩踏み込んだCool Culture型の活動だろう。経済的に余裕のある層はメンバーズ(日本では「友の会」や「後援会」)に入り、寄附を行うことでミュージアムを支援し、低所得層には積極的な働きかけを行う。これらの活動を評価して企業もスポンサーとなり、その企業を市民が評価するという循環を生み出すこと、いまのところこれが入館料問題に対するひとつの、アメリカ型の解法と言えるだろう。イギリス、ロシア等に目を向ければ、また別の解法も浮上するのではあるが(イギリス・ロシア編へ続く)。

 

*1──https://content1.cdnprado.net/doclinks/pdf/visita/BOE-A-2016-5076Resolucion26demayo2016.pdf
*2──瀧端真理子「アメリカ合衆国のミュージアムにおける寄附金獲得戦略」
(1) https://www.i-repository.net/contents/outemon/ir/504/504180310.pdf
(2) https://www.i-repository.net/contents/outemon/ir/504/504190303.pdf
*3──同「アメリカ合衆国の博物館入館料に関する調査」
(1) https://www.i-repository.net/contents/outemon/ir/504/504140306.pdf
(2) https://www.i-repository.net/contents/outemon/ir/504/504150307.pdf
(3) https://www.i-repository.net/contents/outemon/ir/504/504160309.pdf
(4) https://www.i-repository.net/contents/outemon/ir/504/504170305.pdf
*4──https://scfd.org
*5──https://www.mfa.org/visit
*6──https://www.coolculture.org/cc/index.html