19世紀のアメリカに海を渡って人々が移動したように、21世紀のEU(欧州連合)は、労働市場と人権が保障される場所として、移民・難民が押し寄せていく。イタリア最南端のランペドゥーサ島は、中東・北アフリカからEUに上陸するためのゲートとして知られる。監督であり撮影者としてカメラを回すジャンフランコ・ロージは、イタリア海軍の救助艇で1か月間を過ごし「巨大な悲劇」を撮影するが、移民・難民危機という表象そのものが、EUの自己否定につながる民主主義への憎悪と分断を一層深めるというパラドックスを忘れてはいない。2016年度ベルリン国際映画祭で金熊賞(最高賞)を受賞した本作は、ナショナリズムと人種主義が統合を進める現在を見据え、アポリアに向き合う方法を探っていく。
広大な島の自然の中で、鳥の巣を観察し、木の枝で遊び道具をつくる漁師の息子サムエレにとって、左目の動きが鈍いからといって不自由はなかった。島の唯一の医者であり、救助された移民・難民の上陸にすべて立ち会ってきたバルトロ医師の診断によって、12才の少年は「怠けていた左目」に仕事をさせるよう一時的に右目に包帯をさせられる。
ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を獲得した前作『ローマ環状線、めぐりゆく人生』(2014年)の冒頭シーンは、カメラの焦点が意図的にぼかされていたが、左目からの映像を脳がうまく受け取れないサムエレは、対象物との距離を正確に測ることができない。不安に怯えながら世界との新たな位置関係をつくり直そうとする少年を、カメラは静かに記録していく。小さな身体へのミクロな眼差しは、島で生活する人々の独自の論理と内的な動きへと延伸することで、「巨大な悲劇」の中で脱色されてきた、各々の一回性の生と死を記録することを可能にする。暗闇の海上で漂流する人々に巨大なレーダーから送信される「あなたの位置は?」という無線の声は反転され、この映画を観るものと世界との位置関係が問い直されていく。
(『美術手帖』2017年2月号「INFORMATION」より)