「How soon is Now: Art, Activism, and Accountability」のパネリストとして招かれたのは、ナン・ゴールディン(アーティスト)、タニア・ブルゲラ(アーティスト)、クレア・ビショップ(ニューヨーク市立大学大学院センター美術史学科教授)、アン・パステナック(ブルックリン美術館館長)、トビー・ハスレット(ライター)の5名。『アートフォーラム』誌の編集長、デイヴィッド・ヴェラスコが進行役を務め、アート、アクティビズム、説明責任の3点をキーワードに、現在のアート界と社会・政治的問題の関わりについて議論が行われた。
高い関心が集まるテーマというだけでなく、美術界でサックラー一族との関係解消が相次いだあと、その発端をつくったナン・ゴールディンが登壇するということもあり、会場は多くの観客で埋め尽くされた。
オピオイド危機に取り組む「P.A.I.N.」の今後
進行のヴェラスコから「オピオイド問題に関して、すでに大きな成果を挙げましたが、次のゴールは?」と聞かれたゴールディンは「これまで活動のなかで、サックラーの名誉を汚すことで、美術館が彼らからの寄付を拒否するという結果が得られました。しかし最終的な『P.A.I.N.』(ゴールディンが設立した、オピオイド問題の事態改善を訴える団体)の目的は、大金持ちの輩を辱めるだけでなく、危機が起こっている現場でこの問題に取り組むことです。具体的にはコミュニティーの改善活動をするグループなどと協力して、この問題に向き合っていきたい。さらには『オピオイド乱用』をめぐる社会的なスティグマについても考えていきたいですね」と答えた。
またゴールディンは、ヒト・シュタイエルから「今回のような問題が起こったときに、アーティストはどう対応したらいいのかガイドラインのようなものをつくるべき」という提案をされ、これから一緒に取り組もうとしている段階だと語った。
サックラーから寄付を受けているブルックリン美術館
興味深かったのは、ブルックリン美術館館長のパステナックとゴールディンのやりとりだ。ブルックリン美術館はサックラー一族からこれまで寄付を受けてきているが、現時点で受け取り辞退を表明していないという状況がある。
パーデュー・ファーマ社は、アーサー、レイモンド、モーティマーの3兄弟によって創設された。しかし、アーサーはオキシコンチンの製造が始まる前に他界しており、アーサーの家系は、現在同社の経営には関わっていない。
ブルックリン美術館の主要な後援者となっているのは、アーサーの娘エリザベスで、同美術館には彼女の名を冠したセンターが存在する。事態を複雑にしているのは、このセンターをサポートするため、モーティマーの財団から寄付があったという点だ。オピオイド問題が大きく取り上げられるようになったあと、エリザベスはパーデュー・ファーマ社の行いを「倫理的に容認できない」と批判。ゴールディンらの活動を支持すると表明していた。
しかしながらゴールディンは、「調査によると、相続など複雑な法的手続きの絡みで、アーサーの家系にも、オキシコンチン販売開始後にパーデュー・ファーマ社の金が流れていたといいます。問題になっている同社の営業手法は、そもそもアーサーの生み出したもの。エリザベスは私たちの活動に賛同するとは言いましたが、彼女は実際には何もしていない」と訴える。これに対しパステナックは、「エリザベスは素晴らしい人物。彼女がパーデュー・ファーマ社の行いを批判し、同社に関わる一族のメンバーから決別したのは、大きな出来事です」と擁護の姿勢を見せた。
パステナックが、「パーデュー・ファーマ社に関わったサックラーメンバーたちの子孫や親族にも、責任はあるのでしょうか?」と問うと、ゴールディンは「彼らが本当にこの問題を気にかけているのであれば、姓を変えたり、中毒に陥った人たちの治療に資金援助をしたりとできることはあるはず」という見解を示した。
ホイットニー美術館の副会長解任を求める動き
後半では、ホイットニー美術館の副会長を務めるウォーレン・カンダースに関する問題に議論がおよんだ。カンダースが経営する会社「サファリランド・グループ」は、軍や警察で使用される装備を販売している。なかでも同社の催涙ガスが、現在メキシコとの国境で、アメリカ側に渡ろうとする移住者を追い払うために使用されていることが問題視されており、学者、批評家、ゴールディンを含むアーティストらは公開書簡を通じ、カンダースの退任を求めている。
この動きが活発化したのが、5月から開催されている「ホイットニー・バイエニアル 2019」の直前だったこともあり、参加アーティストの対応にも注目が集まった。最終的に半数以上がこの書簡に署名をしている。
これに関しビショップは、「アーティストだけでなく、美術館の従業員も声を上げていいのだと知るべきです。彼らも本件について美術館の経営側に回答を求めるレターを出したのは知っていますが、本来ならスタッフ側でもっと団結していいはず。競争の激しい職場とあって、とくに若いキュレーターなどは、本件に関わると仕事を失うのではないかなどの不安から発言できなくなっています」と語った。
PS1に対する勝利
昨年、美術手帖でレポートした、出産を理由にMoMA PS1が内定取消を行った件についても触れられた。今年の前半、PS1は、申立てを行ったニッキー・コロンバスに対し和解金を支払うとともに、女性および子供や介護の必要がある家族を持つ従業員・求職者を保護するポリシーを更新することで合意したという。ビショップは本件についてなぜもっと議論がされないのかとしつつも「法的プロセスを活用することで勝利を得ることができたいい例」だと語る。
アクティビズムにおける「shaming」の活用と情報武装
ゴールディンがP.A.I.N.の活動を振り返るなかで用いた「shame(名誉を汚す、辱める)」という言葉。これは通常、誰かの尊厳を傷つけるような言動への批判として、ネガティブな文脈で見られることが多い。ゴールディンが、デモンストレーションのひとつの「手法」として、この言葉を使ったのが新鮮だった。結果として、このやり方を通じ、人々の関心を集めることに、ゴールディンは成功している。
もう一点、印象的だったのが「情報武装」の持つ二面性だ。「ホイットニー美術館のカンダースのように非人道的なビジネスを行う人物が、美術館の経営に関わっているケースがほかにも多くあるはず」という議論のなか、ビジョップは「美術館のサイトから役員リスト見つけ、それぞれどのような人物なのか調べることは簡単」と述べ、関心さえあればいくらでも自分でリサーチが可能なことを訴えた。
いっぽうで、ブルックリン美術館へのサックラー関与についての議論のなかで、ゴールディンとパステナックは「事実確認」や「ソースの明示」に配慮しながら慎重に発言を行っているように見えた。多くの情報が簡単に手に入るようになった対価として、社会に影響のある発言や行動を起こすには、これまでにも増して高いメディア・リテラシーが必要になってきていることを痛感したディスカッションであった。