EXHIBITIONS

河鍋暁斎 その手に描けぬものなし

サントリー美術館|02.05 - 03.30

河鍋暁斎 虎図 一面 19世紀 東京・正行院蔵

河鍋暁斎 花鳥図 一幅 明治14(1881)年 東京国立博物館 Image: TNM Image Archives

河鍋暁斎 達磨図 一幅 明治18(1885)年 イスラエル・ゴールドマン・コレクション(コンドル旧蔵) 撮影=立命館大学アート・リサーチセンター

河鍋暁斎 鳥獣戯画 猫又と狸 一面 19世紀 河鍋暁斎記念美術館蔵 展示期間=2019年3月6日〜3月31日

河鍋暁斎 惺々狂斎画帖(二) 一帖のうち一図 明治3(1870)年以前 河鍋暁斎記念美術館蔵

 幕末から明治の動乱期を生き、仏画から戯画まで幅広い画題に挑んだ河鍋暁斎。天保2(1831)年、下総国古河(現・茨城県古河市)に生まれ、2歳のときに家族とともに江戸に出て、7歳で浮世絵師・歌川国芳のもとで絵を学んだ。その後、駿河台狩野派の前村洞和や、洞和の師・狩野洞白陳信に師事。独立後は「狂斎」と号し、主に戯画などで人気を博した。そして明治3(1870)年、40歳のとき、書画会で描いた作品が貴顕を嘲弄したとして投獄され、以後、号を「暁斎」と改めた。

 この筆禍事件や明治政府を揶揄したような風刺画によって、しばしば「反骨の人」と語られる暁斎。しかし、その行動の根底にあったのは政府に対する強い反発ではなく、慣れ親しんだ江戸文化への思慕であったと考えられている。

 江戸幕府の終焉とともに狩野派が衰退へ向かうなか、暁斎は生涯、狩野派絵師としての自負を持ち続け、晩年に日課として制作していた観音図や、先人たちの作品を丹念に写した縮図などからは、その真摯な姿勢を感じ取ることができる。

 本展では、暁斎の画業を代表する名品とともに、参照した古画などを展示。「狩野派絵師」としての活動と「古画学習」を軸に、独自の道を切り拓いた暁斎の足跡をたどる。※会期中展示替えあり